遺伝子組み換え作物(GMO=genetically modified organisms)について、どういう印象を持っているだろうか。私は正直いって遺伝子組み換え作物について、これまでほとんど知らなかったし、特に知ろうともしていなかった。ときどき食物のパッケージに「遺伝子組み換え作物不使用」と書いてあるのを見て、「まあその方が安全なんだろうな」と漠然と思うくらいである。
ワインの世界では、今のところ遺伝子組み換えによるブドウは使われていない(詳しくは後述)。したがって、遺伝子組み換えがどうのこうのという議論はほとんどなく、どちらかというと、有機栽培であったり、バイオダイナミクス(ビオディナミ)だったりによる、いわゆる「自然派」をどう評価するかの方が、はるかにワイン好きの心を揺さぶるトピックであろう(なお、個人的には自然派だからワインが美味しくなるとは全く思っていない。美味しいワインが結果的に自然派であることは珍しくないが、だからといって自然派を積極的に選ぼうという考えはない)。
ところで先日、カリフォルニア在住の知り合いのブログに「non-GMO」についての記事が載っていた。
奇妙なことに、オーガニック(有機栽培)のものは定義上すべて「non-GMO」であるにもかかわらず、もはや「Organic」は「non-GMO」よりもマーケティング的な価値が低くなっているらしい。それで、オーガニック陣営は新たに「Non-GMO & More,」というラベルを付けることを検討しているとか。なんだかもう笑い話のような展開である。オーガニックやnon-GMOという言葉の価値は、健康であったり環境であったりではなく、マーケティングであることを端的に示しているような気がしたのである。
ついでにいうと、この記事について以下のようなやり取りをしており、GMOについてもうちょっとちゃんと知るべきだと思い始めた1つのきっかけとなった。
前置きが長くなったが、そんなおり「レビューズ」から表題の『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』の献本を受けた。
本書の編者である小島正美氏は毎日新聞の編集委員。元々、どちらかというと遺伝子組み換えに反対する陣営に共感を持っていたのが、実際に栽培する現場の取材を続けるうちに「転向」して遺伝子組み換え作物についての正しい知識を啓蒙することを目的とするようになった。
前半は国内の学者や農家、ジャーナリストが遺伝子組み換え作物についてさまざまな角度から考察している。後半は『The Lowdown on GMOs』という電子書籍の翻訳。遺伝子組み換え作物に関する論文の精査や、カナダ・米国などの現状の報告などからなる。
本書の内容をまとめると、遺伝子組み換え作物に反対する陣営は、概ね以下のような理由を付けている。
・GMOは健康に害を与える(ラットに与えると奇形になる)
・人為的に遺伝子を変えることは自然の摂理に反している
・GMO栽培は環境に悪い(除草剤に耐性がある作物を栽培すると、除草剤を大量に使うため)
・GMOは巨大資本によって開発されており、農家はそういった巨大資本に搾取されている
このうち健康への害については、奇形ラットの実験を発表した「セラリーニ」氏についてはアンチGMOの立場からはたびたび取り上げられるものの、学術的には完全に否定されており、他のGMOが健康に害を与えるという論文もまともなものはないというのが実情と見られる。
また、医薬品では既に遺伝子組み換えは珍しくなくなっている。特に糖尿病の治療で使われる「ヒトインスリン」は使用実績も長く、糖尿病患者にとってはなくてはならないものだが、それで健康に害が出たという話はないようだ。なお、医療において期待が高いiPS細胞も一種の遺伝子組み換えである。
もちろん、今後登場する遺伝子組み換え作物がすべて安全だとは言い切れない。しかし少なくとも現在生産されているものについて、実際に悪影響を与えている証拠はないと考えるのが自然だ。
二番目の自然の摂理については、生物の進化そのものが遺伝子の変化によるものであることから、人為と自然の違いを分けることは困難である。ある生物に他の生物の遺伝子を組み込むことが不自然と考える人が多いが、それも自然界で実際に起こっていることでもある。
三番目の環境への悪影響については、従来型の農薬を使った農業と比べてむしろ使う薬剤は減っており、悪化しているとは言えない。もちろん有機栽培と比べれば、良くない面はあるだろうが、有機栽培で全人類の食料を賄うのは無理であり、農家にとってもそれは多大な負担を強いることになる。
四番目の巨大資本による搾取については、実際にGMOの作物を作っている農家に取材した話からは、全くそういうことがないと。例えば、ある会社のGMOの作物を作った翌年には、別の会社の作物を選ぶといった選択肢は農家にある。実際にGMOで栽培をする農家が増えているという現実は、少なくとも農家にとっての経済的合理性はGMOにあるということだろう。
本書を読んで感じたのは、遺伝子組み換え作物をいたずらに避けるのではなく、もっと経済的合理性に委ねられるようにすべきだということである。例えば日本において、北海道など農地が広いところでは、農家にとっての労力が少なくなる遺伝子組み換え作物のニーズがあるはずだ。しかし現在はその自由もない。日本の農業のこれからのために、もしかするとこれはとっても不幸なことなのかもしれない。
最後に話をワインに戻そう。実はワインでも遺伝子組み換え作物は研究されている。特に有望視されているのは病気への耐性があるものや、少ない水で育つもの(コーンでは実用化されている)だ。例えばピアス氏病には治す方法がなく、これまでは水際作戦というか、媒介する虫が広がらないようにすることで、病気の蔓延を防いできたが、ピアス氏病に耐性があるブドウが作られれば、労力はだいぶ減らせる可能性がある。
また、少ない水で育つブドウは、旱魃が続くカリフォルニアでは朗報となるかもしれない。
ただ、ここでもやはり反対陣営はいる。先日もアルザスでGMOの実験をしていた農場にバイオダイナミクスでブドウを作っている農民が侵入して破壊したというニュースがあった(Why GMO viticulture isn’t such a big deal | LE PAN)。
ワインは農産物の中でも安いものと高いものの価格差が大きい。750mlのボトル1本が数100円のものから数十万円のものまである。価格差およそ1000倍である。そのため、バイオダイナミクスなどによる農家の労力の増加が比較的価格に転嫁しやすいように思われる。遺伝子組み換えによるブドウができたところで、味が従来のものより少しでも劣っていれば、採用する農家は少ないだろう。したがって、遺伝子組み換えブドウが登場しても経済的合理性から採用されない可能性はかなりある。
だからワインは安全とか、そういうことを言いたいわけではない。あくまでも経済的合理性によって農家が選択できる余地を与えるべきであろうということが言いたいことだ。もちろん、安全性についてはこれまで通りの基準を満たすとして。
本書を読んで、遺伝子組み換えについてもっと正しい知識を持つ人が増えることを期待したい。
ワインの世界では、今のところ遺伝子組み換えによるブドウは使われていない(詳しくは後述)。したがって、遺伝子組み換えがどうのこうのという議論はほとんどなく、どちらかというと、有機栽培であったり、バイオダイナミクス(ビオディナミ)だったりによる、いわゆる「自然派」をどう評価するかの方が、はるかにワイン好きの心を揺さぶるトピックであろう(なお、個人的には自然派だからワインが美味しくなるとは全く思っていない。美味しいワインが結果的に自然派であることは珍しくないが、だからといって自然派を積極的に選ぼうという考えはない)。
ところで先日、カリフォルニア在住の知り合いのブログに「non-GMO」についての記事が載っていた。
例によって、"GMO"が何かを知らないのに「不健康なもの」という洗脳が進行中のアメリカ。"non-GMO"ラベルの付いた食品が売れている様子。
Organic vs. non-GMO - Hole In The Wall
奇妙なことに、オーガニック(有機栽培)のものは定義上すべて「non-GMO」であるにもかかわらず、もはや「Organic」は「non-GMO」よりもマーケティング的な価値が低くなっているらしい。それで、オーガニック陣営は新たに「Non-GMO & More,」というラベルを付けることを検討しているとか。なんだかもう笑い話のような展開である。オーガニックやnon-GMOという言葉の価値は、健康であったり環境であったりではなく、マーケティングであることを端的に示しているような気がしたのである。
ついでにいうと、この記事について以下のようなやり取りをしており、GMOについてもうちょっとちゃんと知るべきだと思い始めた1つのきっかけとなった。
@andyma 私は応援してますよ、GMO。頑張って無罪を証明して欲しい、seriously :-)
— Naoto Sato (@naotoj) 2015, 8月 20
前置きが長くなったが、そんなおり「レビューズ」から表題の『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』の献本を受けた。
本書の編者である小島正美氏は毎日新聞の編集委員。元々、どちらかというと遺伝子組み換えに反対する陣営に共感を持っていたのが、実際に栽培する現場の取材を続けるうちに「転向」して遺伝子組み換え作物についての正しい知識を啓蒙することを目的とするようになった。
前半は国内の学者や農家、ジャーナリストが遺伝子組み換え作物についてさまざまな角度から考察している。後半は『The Lowdown on GMOs』という電子書籍の翻訳。遺伝子組み換え作物に関する論文の精査や、カナダ・米国などの現状の報告などからなる。
本書の内容をまとめると、遺伝子組み換え作物に反対する陣営は、概ね以下のような理由を付けている。
・GMOは健康に害を与える(ラットに与えると奇形になる)
・人為的に遺伝子を変えることは自然の摂理に反している
・GMO栽培は環境に悪い(除草剤に耐性がある作物を栽培すると、除草剤を大量に使うため)
・GMOは巨大資本によって開発されており、農家はそういった巨大資本に搾取されている
このうち健康への害については、奇形ラットの実験を発表した「セラリーニ」氏についてはアンチGMOの立場からはたびたび取り上げられるものの、学術的には完全に否定されており、他のGMOが健康に害を与えるという論文もまともなものはないというのが実情と見られる。
また、医薬品では既に遺伝子組み換えは珍しくなくなっている。特に糖尿病の治療で使われる「ヒトインスリン」は使用実績も長く、糖尿病患者にとってはなくてはならないものだが、それで健康に害が出たという話はないようだ。なお、医療において期待が高いiPS細胞も一種の遺伝子組み換えである。
もちろん、今後登場する遺伝子組み換え作物がすべて安全だとは言い切れない。しかし少なくとも現在生産されているものについて、実際に悪影響を与えている証拠はないと考えるのが自然だ。
二番目の自然の摂理については、生物の進化そのものが遺伝子の変化によるものであることから、人為と自然の違いを分けることは困難である。ある生物に他の生物の遺伝子を組み込むことが不自然と考える人が多いが、それも自然界で実際に起こっていることでもある。
三番目の環境への悪影響については、従来型の農薬を使った農業と比べてむしろ使う薬剤は減っており、悪化しているとは言えない。もちろん有機栽培と比べれば、良くない面はあるだろうが、有機栽培で全人類の食料を賄うのは無理であり、農家にとってもそれは多大な負担を強いることになる。
四番目の巨大資本による搾取については、実際にGMOの作物を作っている農家に取材した話からは、全くそういうことがないと。例えば、ある会社のGMOの作物を作った翌年には、別の会社の作物を選ぶといった選択肢は農家にある。実際にGMOで栽培をする農家が増えているという現実は、少なくとも農家にとっての経済的合理性はGMOにあるということだろう。
本書を読んで感じたのは、遺伝子組み換え作物をいたずらに避けるのではなく、もっと経済的合理性に委ねられるようにすべきだということである。例えば日本において、北海道など農地が広いところでは、農家にとっての労力が少なくなる遺伝子組み換え作物のニーズがあるはずだ。しかし現在はその自由もない。日本の農業のこれからのために、もしかするとこれはとっても不幸なことなのかもしれない。
最後に話をワインに戻そう。実はワインでも遺伝子組み換え作物は研究されている。特に有望視されているのは病気への耐性があるものや、少ない水で育つもの(コーンでは実用化されている)だ。例えばピアス氏病には治す方法がなく、これまでは水際作戦というか、媒介する虫が広がらないようにすることで、病気の蔓延を防いできたが、ピアス氏病に耐性があるブドウが作られれば、労力はだいぶ減らせる可能性がある。
また、少ない水で育つブドウは、旱魃が続くカリフォルニアでは朗報となるかもしれない。
ただ、ここでもやはり反対陣営はいる。先日もアルザスでGMOの実験をしていた農場にバイオダイナミクスでブドウを作っている農民が侵入して破壊したというニュースがあった(Why GMO viticulture isn’t such a big deal | LE PAN)。
ワインは農産物の中でも安いものと高いものの価格差が大きい。750mlのボトル1本が数100円のものから数十万円のものまである。価格差およそ1000倍である。そのため、バイオダイナミクスなどによる農家の労力の増加が比較的価格に転嫁しやすいように思われる。遺伝子組み換えによるブドウができたところで、味が従来のものより少しでも劣っていれば、採用する農家は少ないだろう。したがって、遺伝子組み換えブドウが登場しても経済的合理性から採用されない可能性はかなりある。
だからワインは安全とか、そういうことを言いたいわけではない。あくまでも経済的合理性によって農家が選択できる余地を与えるべきであろうということが言いたいことだ。もちろん、安全性についてはこれまで通りの基準を満たすとして。
本書を読んで、遺伝子組み換えについてもっと正しい知識を持つ人が増えることを期待したい。