最初に書いておこう。本書は2012年に読んだノンフィクションの中で、一番面白かった。著者の情熱と興奮、バッタへの愛情がダイレクトに伝わってきて、自分も(変な意味ではなく)興奮が抑えられなかった。書き口は一般向けとはいえ、内容的にはかなり専門向けな本で、これほど面白いものは滅多にないと思う。

本書のテーマはバッタ。自分も5、6年前になるが、トノサマバッタを飼ったことがある。子どもの幼稚園の先生が、近所の空き地で捕まえた番のトノサマバッタをくれたのだったが、そのバッタが卵を産み、そこから、60匹もの子バッタが誕生したのだった。

それから約3カ月の間、餌をやり、糞を掃除し、と世話に追われたのだが、思っていた以上にトノサマバッタは面白く、可愛く、またときには感動的だった。

ところで、このトノサマバッタ、親は緑色だったが、子どもはみんな茶褐色だった。それが、集団飼育によるものだということは、当時読んだ『黒いトノサマバッタ』という子供向きの本で学んだが、なぜ黒くなるのか、それ以上のことは知るよしもなかった。

このようなバッタの「相変異」の謎を解き明かそうとする冒険譚が、本書である。著者の前野〝ウルド″浩太郎さん(以下では親しみを込めて前野君とさせてもらう)は現在モーリタニアで、サバクトビバッタを研究している若き学者だが、本書では、主にモーリタニアに至るまでの、日本での奮闘が描かれている。

相転移における、卵のサイズへの注目や、それまで主流だった「泡説」への疑念と徹底した反証など、研究自体の話がスリリングで面白い。それに加え、師である田中先生からの的確で鋭いアドバイスや実験のヒント、実験した本人でないと分からない様々なエピソードなどが織り交ぜられ、娯楽作品のようにも仕上がっている。また、写真も素晴らしく、冷凍麻酔かけられて並ぶバッタや、目隠ししたメスバッタの触覚にオスバッタの触覚で刺激を与える実験など、バッタ好きであれば身悶えしてしまう写真が満載である(モノクロなのとサイズが小さいのが残念ではあったが)。

前野君の奮闘を、ときにはともに手に汗握り、ときには微笑ましく、ときには呆れ半分で読んでいくことで、あっという間に読み終わってしまった。

さて、前野君の冒険はまだ始まったばかり。本書はモーリタニアでの生活が始まり、フィールドでの最初の成果が出たところまでで終わっている。きっと次はモーリタニア編が読めることと期待したい。なお、ミドルネームのウルドについては、本書中で明かされているので、ぜひ手にとって読んで欲しい。