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Date: 2012/1213 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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最初に書いておこう。本書は2012年に読んだノンフィクションの中で、一番面白かった。著者の情熱と興奮、バッタへの愛情がダイレクトに伝わってきて、自分も(変な意味ではなく)興奮が抑えられなかった。書き口は一般向けとはいえ、内容的にはかなり専門向けな本で、これほど面白いものは滅多にないと思う。

本書のテーマはバッタ。自分も5、6年前になるが、トノサマバッタを飼ったことがある。子どもの幼稚園の先生が、近所の空き地で捕まえた番のトノサマバッタをくれたのだったが、そのバッタが卵を産み、そこから、60匹もの子バッタが誕生したのだった。

それから約3カ月の間、餌をやり、糞を掃除し、と世話に追われたのだが、思っていた以上にトノサマバッタは面白く、可愛く、またときには感動的だった。

ところで、このトノサマバッタ、親は緑色だったが、子どもはみんな茶褐色だった。それが、集団飼育によるものだということは、当時読んだ『黒いトノサマバッタ』という子供向きの本で学んだが、なぜ黒くなるのか、それ以上のことは知るよしもなかった。

このようなバッタの「相変異」の謎を解き明かそうとする冒険譚が、本書である。著者の前野〝ウルド″浩太郎さん(以下では親しみを込めて前野君とさせてもらう)は現在モーリタニアで、サバクトビバッタを研究している若き学者だが、本書では、主にモーリタニアに至るまでの、日本での奮闘が描かれている。

相転移における、卵のサイズへの注目や、それまで主流だった「泡説」への疑念と徹底した反証など、研究自体の話がスリリングで面白い。それに加え、師である田中先生からの的確で鋭いアドバイスや実験のヒント、実験した本人でないと分からない様々なエピソードなどが織り交ぜられ、娯楽作品のようにも仕上がっている。また、写真も素晴らしく、冷凍麻酔かけられて並ぶバッタや、目隠ししたメスバッタの触覚にオスバッタの触覚で刺激を与える実験など、バッタ好きであれば身悶えしてしまう写真が満載である(モノクロなのとサイズが小さいのが残念ではあったが)。

前野君の奮闘を、ときにはともに手に汗握り、ときには微笑ましく、ときには呆れ半分で読んでいくことで、あっという間に読み終わってしまった。

さて、前野君の冒険はまだ始まったばかり。本書はモーリタニアでの生活が始まり、フィールドでの最初の成果が出たところまでで終わっている。きっと次はモーリタニア編が読めることと期待したい。なお、ミドルネームのウルドについては、本書中で明かされているので、ぜひ手にとって読んで欲しい。

Date: 2012/1022 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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先月からランニングを始めたばかりの初心者ですが、この冬にはまずはハーフマラソン、来年にはフルマラソンに挑戦したいと思っています。ということで、ランニングの本を一冊読んでみようと買った本です。

本書の主なターゲットは、フルマラソンを走ったことがあるけれど、最後の方は歩いてしまったような人。ハーフも走っていない私は門外漢というところではありますが、いろいろ参考にはなりました。

まず、レースに参加する人には「前半突っ込み型」「後半ベースアップ型」「一定ペース型」の3タイプがあり、後半型をめざしましょう(一定ペース型は後半型の副産物だそうです)とのこと。これを読んでいなければ、間違いなく自分は前半突っ込んで後半ばててしまうタイプでしょう。

LSD(long slow distance)と呼ばれる練習が必要なことも初めて知りました。ゆっくり長く走るトレーニングです。フルマラソンで4時間切り(サブ4)を目指すなら1km7分で20kmをいつれも楽に走れるようにする必要があるとのこと。フルで記録を出すには、練習時間が相当必要なことも分かりました。最初は週末練習の半分以上はこれに割くべきとのことです。

レーステクニック実践編は、レースにまだ出たことがない自分にとってはかなり参考になりました。例えばマラソンのときには補給食としてエネルギー補給ゼリー(ウィダーインゼリーなどのことでしょう)を3~4個携帯する必要があるとか。

取り敢えずこの週末は第一歩として約10km走りました。1km6分ほどだったのでLSDになっているのかどうか分かりませんが、息は上がらない程度の速度です。

本当はフォームなどどこかでちゃんと見てもらうといいと思うのですが、なかなかそこまでは難しいですね。ちょっとずつ頑張って行きたいと思います。



Date: 2012/1014 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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正直に言って、このタイトルには無理がある。調べてみたら、この本を出している幻冬舎の新書には「仕事ができる人はなぜ」で始まる本が「筋トレをするのか」「レッツノートを使っているのか?」などある様子。要はブログのタイトルでよくある「~~をするたった1つの方法」と同じで釣りタイトルなのだ。

話の流れとしては、日本のお金持ち(日本で発表されている高額納税者ではなく、米Forbes誌が発表するビジネスパーソンの番付から日本人を調べたもの)にワイン好きが多く、それはお金があるからワインを飲むのではなく、若い頃からワインを飲んでいるのだということ。

もちろん、科学的でも統計的でもなく、この手法を使えばたいていのものは「仕事ができるひとはなぜ~~が好きなのか」にできてしまうだろう。例えば「仕事ができる人はなぜAKB48が好きなのか」、「仕事ができる人はなぜスキューバダイビングが好きなのか」、「仕事ができる人はなぜ自己啓発本を読まないのか」…。あ、最後はちょっと余計か。一番書きやすそうだけどね。

一番おもしろかったのは最後の章で「トップビジネスマンが語る仕事とワイン」(今どきの本で「ビジネスマン」なんて書くんだと、ちょっと思うけど)。元ソニーの出井さん、GMOの熊谷さん、Kenzo Estatesのオーナー辻本さん、本田直之さん、ZOZOTOWNを運営するスタートトゥデイの前澤さんへのインタビュー。

これは2011年にSommlier誌に掲載されたものの転載。想像するには、これを元に本の企画ができて、他の章を作っていったというプロセスだったのではないかという気がする。後の章は、この内容をかいつまんで紹介しながらウンチクを垂れているような感じ。30分のひまつぶしとしては、800円はちょっと高く感じる(せめて電子書籍にしてほしかった)。

それから肝心のワインとビジネスの関係の話の中で、IT企業が集まるシリコンバレーと、ワイン産地との距離の近さに一言も触れていないのは、どうかと思う。また、金持ちだからワインを飲むんじゃなくて、お金がないときから飲んでいたという論理にしたいのであれば、ワインのアート的な側面だけでなく、カルチャー的な面にも触れるべきだろう。




Date: 2012/1012 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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中国の作家莫言(モオイエン)さんがノーベル文学賞を受賞しました。すごく好きな作家ですが、読んだことがある人は少ないと思うので、読んだ作品のレビューを一気に載せておきます。

莫言の作品の一番の特徴は土俗性と滑稽さでしょうか。大衆演劇を見ているような感じがします。洗練を極めた村上春樹とは対極的なところにいるのかもしれません。

それでは作品を見ていきましょう。基本的に発表年順に載せていきます。もちろん読んだ作品だけです。


莫言の初期の作品だが,おそらく小説それ自体よりも映画のほうが有名だろう。
最近の作品に見る滑稽さはあまりないが,土俗性や暴力性などは通じるものがある。ガルシア・マルケスからの影響が濃いということだが,個人的には中上健次の「枯木灘」あたりに近いものがあるように感じた。


この本、確かに読んだのだけど、どこにも感想を書いていなかった様子。きっとちょっと書きにくかったのだろうと思う。内容はタイトルの通り、胸もおしりも大きな女性に固執する男性の成長記。まあ、あれです。面白い。


比較的初期の短篇集。コーリャンが重要な小道具として登場する点など、赤いコーリャンに通じるところがある。短編ということで実験的な作品であったり、感情に訴えてくる作品であったりなど、長編とはまた違った味わいがある。


謀反を起こして捕えられた孫丙(そんへい),美人だが大足の娘の孫眉娘(そんびじょう),眉娘の夫である無能な趙小甲(ちょうしょうこう),その父で死刑執行人を長年続けている趙甲(ちょうこう),県知事で眉娘の愛人である銭丁(せんてい)をめぐる壮大な物語。趙甲による死刑執行シーンのすさまじさ,章によって語り部が変わることでの文体の妙など,大盤振る舞い。

下巻は,いよいよ孫丙の死刑に向かって,全員が動き出す。このうねりの中で大きな役割を果たすのが孫丙自身が開祖となった猫腔(マオチアン)という地方芝居。山東省高密県には実際に「茂腔」という地方芝居があり,茂と猫が同じ発音であることから作者が考案したのが,この猫腔らしい。
ニャオニャオという合いの手に乗せられることで,深刻な話にどことなくユーモラスさがただよう。
ただの娯楽大作と言ってしまってもいいほど爆笑シーンの多い作品であるが,猫腔や語り口の多様さ,各人それぞれの生き様が最後には感動に導いてくれる。すばらしい。

あまりの面白さにこれを読んでいた数日間はモオイエン,モオイエンとつぶやいてました。


食肉加工を専業とする「落とし」の村で生まれ育った羅小通(ルオシャオトン)を主人公とする物語。一炮から四十一炮まで41パートに分かれているが,各パートの中でも主人公が10年後に「和尚さま」を相手に語る部分と,10年前の幼少時代の話が並列しており,特に前者は幻想的でどこまで本当でどこから嘘なのかも曖昧な形になっている。

幼少時代のストーリーは莫言らしい土俗的なものだが,上巻では特に「野生ラバ」おばさんと父親が駆け落ちした後,母親と貧乏暮らしする話が中心。突然父親が「妹」を連れて帰ってくるあたりから話が急展開を始めるが,上巻はそこに辿りつくまでがちょっとまだるっこしい。

下巻は主人公が「肉」と会話できるようになり,幼少期のストーリーは俄然面白くなってくる。一方で10年後の方はエロチックな妄想も増えどんどん訳がわからないことに。

まあとにかく語りの面白さでは右にでるものがない小説。百聞は一見にしかず。読むしかない。


本書では西門鬧という地主が殺害されたあと,閻魔大王に無実の罪を訴え,現世に次々と転生していく。上巻では山羊,牛,豚となってかつての近親者の家畜となる。

下巻は上巻よりも話がスピードアップする。豚の章は特にのりのり。ついに人に飼われるだけでなく,飛び出してイノシシの群れを率いるようにもなる。犬の章では,もうひとりの語り手である藍解放の浮気シーンが秀逸。

奇想天外な物語に饒舌でリズムのいい語り,根底に流れる民衆の権威への反抗といったテーマは白檀の刑に通じる。ただ,話全体のまとまりで行くと,「白檀の刑」の方が良かった。それでも十分おもしろい。


中国の「一人っ子政策」をめぐる悲喜劇を描いた小説。二人目を妊娠したときに中絶させるという役割を担った「伯母さん」を中心とする。

莫言作品としては、シリアスな部分が多く、それだけ作者の思い入れが深い作品であることが感じ取られる。終盤になって、現代が舞台になるのもこの著者としては珍しい。


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廃刊になっている「酒国」も抜群に面白いようなので、いつか読んでみたいと思ってます。中国の小説というとなかなかとっつきにくく感じるかもしれませんが、これを機会に少しでも読む人が増えてくれたらなあと思います。
Date: 2012/0924 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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三浦しをんは、現在活躍している作家のなかでも好きな作家の1人だ。エッセーを含めたら20冊近く読んでいるから、ファンだと言ってもいいだろう。

彼女の作品の魅力は、小説で言えば、どこか突き抜けたような明るさがあるところ。陰か陽かで言えば、明らかに陽。ちょっとくぐもったような作品もあることはあるが、本屋大賞を取った『舟を編む』に代表されるような、明るい作品に、彼女らしさを感じる。

また、エッセーは抱腹絶倒という言葉がぴったりである。笑いの神様が付いているとしか思えない面白さがある。

さて、前置きが長くなったがこの作品のタイトルである「黄金の丘」、察しが良い人はすぐに分かるだろうが、ブルゴーニュの「コート・ドール」のことである。つまりこれはワイン本なのだ。実は副題に「進めマイワイン道!」と付いている。

形式は岡元麻理恵さんという先生がおり、三浦しをんさんなど4、5名の酒飲みが毎回テーマを決めてテイスティングをするというもの。

内容は、ワインのテイスティングのガイドブックとしてなかなか秀逸である。なるほど、と思ったのが、生徒たちがワインを表現するときに「おいしい」という言葉を使うのを禁止していること。それで四苦八苦しながら表現を生み出していくことで、かなりの進歩を遂げている感じがする。特に三浦しをんさんはさすがに言葉のプロだけあって、テイスティングのコメントなど、ちょっとびっくりするレベルである。また、毎回の試飲ワインにつけているあだ名も面白い。テーマがまともなので、いつもの抱腹絶倒とまではいかないものの、さすがだなあとうならされる。

本書は、岡元先生との共著になっており、岡元先生側としては個々のワインのスペックや、その回のテーマなどについて書くことになっている。正直言うと、この部分はなくても良かったと思う。


Date: 2012/0228 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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最近、ブログやTwitterなどを通じて、ものを書くということについて、いくつか考えることがありました。備忘録的ではありますが、自分の思うところを記しておきたいと思います。

○ブログと文才について
そもそも「文才」って何? っていうところもあるのですが、まあもっとわかりやすく「文章力」としたとして、ブログ書くのに文章力が必要かどうかといえば、気にすることはない、というのが衆目の一致するところでしょう。

僕は、文章を書く才能はないので「文才」という点では並の人間ですが、文章を書く訓練は、普通の人の何十倍あるいは何百倍もしてきましたから、まともな文章を書こうと思えば書くことはできます。ただ、ブログ書くときにはそんなことはほとんど気にしていません。例えば、前のパラグラフなんて文が1つしかない、言うならば悪文です。仕事の文だったら絶対に書き直します。

でも、ブログは結局は勢いなんですよね。書くことに負担も時間もかけないように、細かいことは気にしないで書くのが、長く続けるためには大事だと思っています。

○ジャーナリストと取材について
次は一転、プロのジャーナリストとしてものを書くことについてです。近年は、従来のような取材でものを書くのではなく、ネット上の情報分析だけでものを書くようなことも増えているように感じます。それで済んでしまうものも少なからずあるのは確かでしょう。ただ、それをジャーナリストのスタイルとして行うというのは、どうかと思っています。

これで思い出したことがあります。20年近く前、シリコンバレーの駐在に行きたいと、上司の上司に直訴したことがありました。そのとき、別の部署の親玉に言われたのが「取材なんてメールでできるじゃない。出張や駐在なんて必要ないよ」という言葉でした。その後、いろいろあって何年か後に駐在は実現できたのですが、実際に駐在してみて分かるのは「見ず知らずのジャーナリストのメールによる質問に答えてくれるほど暇な人はあまりいない」ということでした。やっぱり生の声を聞くことというのは必要だなと思いました。当時の部署は取材よりもモノいじりに時間を割くようなところでしたが、それでも人に会うことを惜しんではいけないと感じました。それは、今でも一緒だろうと思います。

○芥川賞について
最後は芥川賞について思うところを少し。今年は例の「もらっといてやる」発言で田中慎弥さんの「共喰い」が評判になりましたが、「古臭い」ということでこの作品、さらには芥川賞自体に否定的だった人もいたようです。

いわゆる「エディプスコンプレックス」をメインテーマにしたこの作品。確かに同じようなテーマの作品はこれまで数限りなく作られているでしょう。ただ、普遍的なテーマである以上、それはある程度仕方がないこと。この作品に存在価値がないとは言えないと思います。また、この作品が嫌いだという人がいるのは小説は嗜好品である以上、しょうがないと思うのですが、この作品の好き好きだけで芥川賞全体を論じるのはナンセンスです。

ただ、個人的には芥川賞(とそれを取り巻く状況)には2つ問題があると思っています。

今回、もう1つの芥川賞受賞作品となった「道化師の蝶」のレビューが先日、日経新聞に載っていましたが、そこに「日本最高の賞」といった表記がありました。

確かに日本の文学賞の中で直木賞と芥川賞は圧倒的に知名度があります。しかし、これはどちらも新人賞的な位置付けの賞。もっと「最高の作品」に与えられる賞がメジャーになってもいいように思います。例えばイギリスのブッカー賞やフランスのゴンクール賞のように。

もう1つは芥川賞の対象って中短編に限られていること。日本の文学に面白みが欠けているのは、そのあたりのせいかも。

3つ、どれも連関なさそうなテーマでしたが、思うところを書いてみました