ワイン界の「成功したオタク」、ラッセル・ビーヴァンのこだわりのワイン造り
ナパのビーヴァン・セラーズ(Bevan Cellars)のラッセル・ビーヴァン氏が初来日し、そのセミナーに参加してきました。写真のシャツが「一番地味」だという破天荒なラッセルですが、長年の熱烈なワインファンで、ワイン好きをこじらせてワイン造りを始めてしまったという、まさにマニアの夢をかなえた人でもあります。それで様々な評論家から累計38回もの100点を得ているという、トーマス・リヴァース・ブラウン並みの実績を持つのですから、驚きです。自ら「地球上で一番幸せな人間」だという彼のワイン造りのこだわりを聞きました。
彼がワインになじみ始めたのは12歳のときというから、これもまた驚きです。家族が日曜日に何本かワインを開けるときに、彼はバーテンダー役としてワインをサーブし、残ったワインを1週間かけて自分で飲んでしまっていたそうです。その後、大学生のときにE&Jガロで営業をし、さらにワインを飲むようになりました。28歳のときにはシカゴ・トリビュート紙でワイン評論を始めたというから、すでに相当のマニア度だったのでしょう。「普通の人が車や家に使う以上のお金をワインに使ってきた」といいます。
また、彼の信念の一つは「品質が良くないものは市場には出さない」ということ。ナパが火事で煙害を受けた2017年と2020年はほとんどワインを造りませんでした。経営的には厳しく、破産しそうになったこともありますが、それでも信念を曲げずに続けています。「今出しているものは最高のクオリティだと保証する」とラッセル。
生産量も少なく、輸出をする気はなかったそうですが、知り合いのワインショップから、輸出をすることを薦められ、日本は重要な輸出先で、中でも中川ワインが一番重要だと諭されて、中川に輸出することにしたそうです。
ワイン造りの正式な教育を受けたことがないラッセルですが、栽培にも醸造にも数々のこだわりを持ってやっています。どこでワイン造りや栽培のことを学んだのかを聞くと、様々なワインメーカーからだとのこと。マニアとして多くのワインメーカーの知己を得、彼らを質問責めにして様々なことを学んできたのだそうです。フィリップ・トーニなどが、特によく話を聞く相手だとのこと。また、化学的知識についてはGreg La Follette(グレッグ・ラ・フォレット)に教わったそうです。
試飲に入ります。
最初のワインは2022年のソーヴィニヨン・ブラン(希望小売価格税別7900円、以下同)。ソノマのベネット・ヴァレーにあるドライ・スタック・ヴィンヤードという畑のソーヴィニヨン・ブランを100%使っています。この畑のブドウを使うのは、自宅がベネット・ヴァレーにあって畑のオーナーと友達だということもあるようですが、素晴らしい畑だそうです。ソーヴィニヨン・ブランのクローンはイタリアン・クローンというもの、プリティでリッチネスと華やかさがあるクローンだとのこと。
ソーヴィニヨン・ブランの栽培では、フランスのロワールの有名生産者、故ディディエ・ダグノーが始めたという、房の周りの葉を取って太陽光を直接ブドウに当てる方法を使っています。これによってブドウの皮が赤っぽい色になり、ピラジンがなくなってより熟したブドウができるとのことです。冷涼な年には地面にアルミフォイルを敷いて、反射光を当てることまでしています。ビーヴァンのワインのほとんどは契約畑のブドウを使っていますが、このように栽培面でも多くのこだわりを持ち、それを栽培家と共有しながらブドウを作ってもらっています。
醸造ではステンレススチールタンクで発酵し、一部はフランソワ・フレールの樽で発酵・熟成してブレンドしています。これによってタンニンを和らげるとのこと。
2022年は、9月頭に気温43度を超えるような高温が1週間近く続きました。1988年以来の熱波だったそうで、多くのワインメーカーが対策に苦慮しました。この熱波の後はフレーバーの蓄積が進まず、糖分だけが上がっていって難しい年でした。
ここのソーヴィニヨン・ブランは以前に飲んだことがありますが、ちょっと濁りがあって色もかなり濃いものでした。濁りがあるのはフィルターをかけないためで、フィルターを使わないことには絶対的なこだわりがあります。
飲んでみると、さわやかな柑橘に、リッチなグアバのフレーバー。そこはかとなく感じるハーブやミネラル感が味わいを引き締めています。樽から来ると思われるブリオッシュ。特筆すべきなのはテクスチャの厚みで、さらっとしたソーヴィニヨン・ブランとは対極的です。リッチで熟成も楽しめそうな味わい。
2番目のワインはソノマのロシアンリバー・ヴァレーのリッチー・ヴィンヤード(Ritchie Vineyard)シャルドネ 2019(12000円)。リッチー・ヴィンヤードはオーベールやレイミー、デュモルといったシャルドネの名手たちがこぞってブドウを調達する銘醸畑。100%新樽で発酵・熟成しています。マロラクティック発酵は100%行います。これもフィルタを使わないために厳守しているやり方です。
2019年は数年間続いた干ばつが一段落し、比較的雨の多かった年。水が多かったため樹勢が強くなり、カバークロップを2回植えることで、ストレスを与えたとのこと。例年はグリーン・ハーヴェストといって、ブドウの実が小さい段階で不要な実を落とす作業をするのですが、この年は逆に樹勢を使わせるためにグリーンハーヴェストせず、樹も伸ばすだけ伸ばしたそうです。余計なブドウの実はヴェレゾンが始まる直前になってようやく落としたとのこと。
香りはそこまで濃厚ではなく、白い花や、軽いヴァニラ、洋ナシ。味わいはやはりリッチで白桃やオレンジ。濡れた石や酸。これもテクスチャはクリーミー。リッチだけど上品さも目立ちます。
3本目はピノ・ノワール 2021(14500)。ペタルマ・ギャップのブドウを使っています。ソノマ・マウンテンの山麓にある太平洋が見えるような場所の畑畑(ソノマ・マウンテンAVAには入っていません)3つからブドウを調達。カレラ・クローンと828クローンを使っています。どちらも「ミーティ(肉っぽい)なニュアンスが出る」クローンだとのこと。すべて除梗し、ステンレススチールタンクで発酵、数種の樽で熟成しています。ビーヴァンのメーリング・リスト・メンバーはカベルネ・ソーヴィニヨン好きがほとんどなため、カベルネ・ファンが飲みたいと思うピノ・ノワールに仕上げています。
ダークなフルーツのトーン。色も濃く、ボルドー系かと思うほど。柔らかなテクスチャと少し舌に残るタンニン。酸はやや低めで、確かにカベルネ好きな人が飲みそうなピノ・ノワールです。
4本目からは、いよいよカベルネ・ソーヴィニョンです。
カベルネ系でもブドウに日照を確保することを大事にしています。特にカベルネフランは開花して受粉する前から完全に葉を除きます。酵素の働きが活発になってタンニンがやわらかくなり、ピラジンが減って野菜感がなくなります。温暖化によって収穫時期が早くなっており、かえってピラジンが出やすくなっていますが、それでも野菜感が出ないようにしています。
VSPは25年前はスタンダードでしたが、今ではみなそれをやめてキャノピーを広くしています。ラッセルは特に早い時期からブドウに日を当てることを大事にしています。ハーランも収穫を早くしていますし、スーパープレミアムなワイナリーになるほど収穫を早くし、それに伴って栽培管理も変化してきているとのこと。これは中堅以下のワイナリーではまだ理解していないところが多いとラッセルの弁。
ビーヴァンの醸造でユニークなのはタンニンをソフトにするためにポンプオーバーをほとんど行わないこと。ラッセルによると種から出るタンニンはきついので、種からはタンニンを抽出せず、皮からのタンニンだけが出るように優しく抽出をするためとのこと。「マクロバブル」と呼んでいる泡を使って抽出しているそうです。ワシントンのクィルシーダ・クリークが使っている方法だとのこと。
また、発酵タンクの中に、樽の木材と特別なイーストを入れるということをしています(3トンに対し新樽一つ)。イーストがフリーラディカルやたんぱく質を吸着し、タンニンの抽出を柔らかくするためとのこと。調整が難しく、あまりやられていない方法だそうです。
4本目はオントジェニー プロプライエタリー・レッド・ワイン 2019(20000円)。75%カベルネ・ソーヴィニヨン、20%カベルネ・フラン、5%メルロー。スミレの花、カシス、コーヒー。バランスいいワイン。タンニンはしっかりしていますが、しなやかでとげとげしさはありません。すごく何かが突出したワインではないのですが、バランスよくトータルで高品質なワインです。コスパ高い。
オントジェニーは価格的にはビーヴァンのエントリーであり、一般的にはセカンドワイン的位置付けですが、ファーストで使わなかったワインをブレンドして作っているわけではありません。逆に、単一畑のワインをボトル詰めする前に、オントジェニーのブレンドを決めています。そうすることでヴィンテージごとの味わいの一貫性を保っています。200ほどある樽すべてを試飲してブレンドを決めますが、2021年は最終的なブレンドを決めるまで、16回も試作を繰り返したそうです。今回の2019年は比較的決めやすく5回ほどで決まったとのこと。
想像以上にちゃんと作っているし、いいワインです。オントジェニーに限らず、近年はセカンド的なワインの高品質化が顕著に進んでいます。おそらくファーストはプレミアム化が進んでいて、量は少なくても厳選されたワインになっているため、セカンドにより高品質なワインが回っているのでしょう。オントジェニーは一般的なセカンドの作り方とは違いますが、高品質という点では共通しています。
最後の2本はオークヴィルのテンチ(Tench)ヴィンヤードのカベルネ・ソーヴィニョンの2019年(39000円)と2018年。
テンチの畑はオークヴィルの東側、スクリーミング・イーグルの隣という素晴らしいロケーション。ビーヴァンはこの畑の中で一番東側の20列を使っています。テンチの畑の中でも東寄りの部分はヴァカ山脈由来の水はけのよく、石がごろごろした鉄分の多い土壌が中心。より東側にあるダラ・ヴァレやピーター・マイケルのオー・パラディの畑、さらにはプリチャードヒルとも共通する土壌になっています。
テンチは自社畑ではありませんが、ビーヴァンとは非常に密接な関係で、ビーヴァンのワイナリーもテンチのすぐ横にあります。醸造では100%新樽で熟成。また、ステンレススチールタンクから樽に移す段階では少し糖を残します。そして、残りの発酵は樽の中で行うというユニークな方法を取っています。こうすることによって、より樽の風味がワインに溶け込むのだといいます。
2019年は色非常に濃く、ほぼ紫。グラスのエッジまでほとんど色が変わりません。黒系果実の濃厚な味わいにインクや黒鉛、生肉、エスプレッソ。パワフルで余韻の長いワインです。素晴らしい。
一方、2018年は2019年より赤系の色合い。特にエッジ部分に少しグラデーションが見られるのが2019年との大きな違い。香りも2019年が黒果実に鉱物系の硬い香りを感じたのに対し、2018年は赤系の果実の香りや杉や腐葉土など植物系の少し柔らかい香りが入ります。甘草の甘やかさがバランスを取ってこれもいい。パワフルなワインが好きな人は2019年がいいでしょうし、私は少しエレガント系が入った方が好きなので2018年がより好印象でした。
テンチのカベルネ・ソーヴィニョンは15%を超えるアルコール度数ですが、そのような重さを感じません。ラッセルによると、ワインの中の揮発酸の割合が関係するとのこと。揮発酸が多いとアルコール度数を強く感じるので、それを抑えることが重要で、そのためにはワイナリーをできるだけ清潔な状態に保つ必要があるのだそうです。掃除は徹底して行うのが彼のやり方です。
栽培においても醸造においても自身のスタイルに徹底的にこだわる。これがビーヴァンのやり方であり、学校で教わる教科書的知識とは少し違うかもしれませんが、数多くのワインメーカーからの集合知が彼の源泉になっています。
ちなみに、ビーヴァンが現在契約している畑はなんと140もあります。1日に10個ほどの畑を見回り、約2週間に1回はどの畑にも通っています。栽培上のこだわりは、そのときに伝えて、次に確認するということを続けているそうです。
140もの畑の見回りを考えると気が遠くなりそうですが、それをこなすことが世界中で一番幸せだというのですから、やはりオタク中のオタクなのでしょう。