ワイン好き,特にカリフォルニアワインのファンならば1976年のパリ・テイスティングについて,全く知らないことはないと思います。カリフォルニアワインがブラインド・テイスティングでフランスのそうそうたるワインを抑えて一位になった「事件」です。これがきっかけで,「新世界」のワインだからといってフランスワインに劣るわけではないと,カリフォルニアのみならずオーストラリアやチリ,ニュージーランドなど様々な地域で世界品質を目指したワイン作りが行われるようになりました。言わば「フランスワイン至上主義」が崩れる最初の一歩だったのです。

本書の著者であるジョージ・M・テイバー氏は,そのパリ・テイスティングを取材した唯一のジャーナリスト。それもたまたま主催者のワイン学校に通っていたからというのがその縁。彼がTime誌に記事を書いたことで一躍この試飲会のことが世界に知られたのでした。本書は「生き証人」が当時の状況を記すというドキュメンタリーとして価値が高く,読み物としても非常に上質です。カリフォルニアワイン・ファンはもちろんのこと,すべてのワイン好きの方に読んで欲しいと思いました。

内容は大きく三つに分かれています。一つは言うまでもなくパリ・テイスティングそれ自体。試飲会が開催されるまでの経緯についても詳細に追っています。次に,試飲会にいたるまでのカリフォルニアワインの歴史。特に赤で1位になったスタッグス・リープ・ワイン・セラーズのワレン・ウイニアルスキーと,シャトー・モンテレーナのジム・バーレット,マイク・ガーギッチの半生については詳しく書かれています。3番目は試飲会の巻き起こした影響としての世界のワイン生産者の動き。

試飲会の話では,これまで明らかになっていなかったこと,例えば白の試飲が終わった後,時間が押していて,赤の準備をしている間に白の結果が発表されたこと,などが書かれており,結果を知っていてもどきどきします。その場に居合わせた人が書くものだけに臨場感がとても高いです。

カリフォルニアワインの歴史のところも,当時の空気を上手に伝えています。例えば試飲会よりもさらに40年近く昔の禁酒法時代やその直後のころのワイン作りについて。当時は衛生観念も低かったため,すぐに腐ってしまうようなワインが中心でした。また,どの品種がどの地域に合うかといった考えもほとんどありませんでした。後年,「画一的」あるいは「化学ワイン」などとして非難されるUCデイヴィスによる様々な啓蒙は,このころのワインを知ることで初めてその意味合いが分かります。また,60年代から70年代にかけての新たな生産者の台頭。世界を目指すことを公言したRobert Mondaviを中心に,ナパ・バレー全体が手に手を取って高品質化にまい進していく様子が伺えます。決して試飲会の勝利はフロックでなかったのです。

三つ目の,後日談のところは,他の二つに比べると,多少平板な感じはありましたが,ジャーナリストとしてはどうしても押さえておきたいところだったのでしょう。

パリ・テイスティングについては,①フランスワインにとって不利な状況で行われた(若いワインではカリフォルニアが有利),②1位と2位の差はわずかであり,カリフォルニアが勝ったといっても統計的には意味がない,など様々な非難があります。筆者はこれらについては否定的。特に①については,主催者のスパリュアがフランスで商売をしている以上,フランスワインが勝つことを望んでいたとしています。このあたり,本書の筆者の立場からすると,自分が報じた歴史的イベントが否定的に取られるのは避けたいと思うのが自然であり,うがった見方をする人がいるかもしれません。本来なら「はめられた」審査員からの「真実」を聞いてみたい感はありますが,それが出てこないということは,やはり筆者の言うことが真実なのだろうと思います。

なお,本書の主な訳は葉山考太郎氏。訳文は悪くありませんが,ところどころ誤訳があるのは気になりました。例えばハイジ・バレット(訳ではバーレット)をスクリーミング・イーグルのオーナーとしていたり。固有名詞のカタカナにもバーレットのようにちょっと違和感があるものもありました。貴重な書籍だけに誤訳は次版で直ることを期待します。