2010年も200冊くらい本を読みましたがその中からフィクション10編,ノンフィクション3編,実用書3編をベストとして取り上げます。フィクションは,こんなのも今まで読んでなかったの的なものもあると思いますが,目こぼしてくださいませ。2009年版はこちら

まずはフィクションから。
10. アラビアの夜の種族/古川日出男
昨年は「ベルカ」で一位でしたが,アラビアの夜の種族もベルカほどの衝撃はないものの,妖しさ満載の素晴らしい小説。読書好きな人ほどはまるでしょう。こういう作品は大好きです。

以下はmixiに書いたレビューから。
ナポレオンがエジプトに攻め入ろうとしているとき,守る側のマムルークで,ナポレオンへの献上品として偽りの書物を作ろうと支配階級のイスマーイール・ベイに進言した奴隷のアイユーブ。ズームルッドという謎の女が夜毎に語るその偽りの書,その翻訳が本書であるというのが本書における作者の設定だ。どこまでが真実でどこからが偽りなのか,二重三重に張り巡らせられた罠に,読者も自然に嵌まり込んでしまい,その語りに引き込まれる。

自分も読者として危うくその迷宮に取り込まれてしまうところだった。ようやく生還できてほっとしている。あまりに危険すぎて人には勧められない本。勇気ある人は挑戦あれ。ただし戻れなくなってもしらないよ。



9. 天地明察/冲方丁
本屋大賞を取った本。さすがによく出来ています。というか昨年の本屋大賞の…と比べたら…。ただ,前半と比べると終盤は駆け足で進んでしまいやや消化不良ぎみ。もっともっと面白い作品になる可能性があったと思います。



8. 小さいおうち/中島京子
直木賞をとった作品。以下はmixiレビューより
昭和初期から戦中にかけて女中奉公していたときの話を,タキという老女が振り返って回想録を書くという構成。カズオイシグロの「日の名残り」と重なって見える。日の名残りはイギリスの執事でチャーチルが出てきたりと,大きく政治にまで絡んでいるのに対し,こちらはおもちゃ会社の常務の家ということで話の大きさは大分違うが,もてなしの気持ちや,細部へのこだわりで人を喜ばせるところ,生真面目さの中に宿るちょっとしたおかしみなど,最初は「日の名残り」のパロディとして書いたのかと思ったほど。実際,著者が影響を受けた本の一つとして挙げていたので,かなり意識して書いたことは確かなようだ。

本書では終章としてタキが亡くなった後,甥っ子がその足跡を追うところが描かれている。個人的にはそれはなくて静かに終わってもよかったような気がする。



7. 乙女の密告/赤染晶子
芥川賞を取った作品。言葉にリズムがあるのが魅力的。
乙女という言葉はほとんど死語に近いが,日本で乙女という言葉が似合う土地を挙げるとしたらやはり京都になるだろう。本書の舞台は京都の外国語大学。ドイツ語を学ぶ“乙女”たちはバッハマン教授が「アンネの日記」で一番重要な日だという1944年4月9日の日記を暗唱するという課題を大会用にあてられる。

乙女という言葉に代表されるように,ひたすら暗唱に取り組む彼女らの姿,黒ばら組とすみれ組に分かれて対決する姿,アンゲリカ人形を肌身離さないバッハマン教授などどこか現実感がないが,それが逆に生き生きと描かれる京都の姿と不思議にマッチして独特の雰囲気を醸し出している。文章のリズムもよく,おもしろい。



6. マルドゥック・スクランブル/冲方丁
同じ作者の天地明察とは全く違ってこちらはSF作品。魅力はこっちの方が上。
主人公のルーン・バロットは少女の娼婦。自分を助けてくれたはずのシェルに焼き殺されそうになる。それを救ったのがドクターと自在に形を変えて武器などになることができるネズミ「ウフコック」のコンビ。命を救うため「マルドゥック・スクランブル-09法」によってバロットは電子機器を触れずに制御する力が与えられる。バロットはウフコックの力を借りてシェルに立ち向かおうとするが,そこに立ちふさがったのはシェルの用心棒役であり,ウフコックの元の相棒ボイルドだった。

前半はウフコックとバロットが追っ手と対決するアクション・シーンが目玉。
中盤からはカギを握るシェルの「記憶」を得るためにカジノでバロットとウフコックが奮闘する。ルーレットでは一流のスピナー「ベル・ウイング」と心通じ合い,ポーカーでは撹乱によってグルになっている相手を粉砕する。

そして山場になるのがブラックジャック。SFとしてはバロットの遠隔操作能力と,ウフコックの武器としての能力が圧倒的なのであるが,ここではそれを半ば封印して,ブラックジャックのカードを推測するための「カウンティング」だけに徹し,人と人との勝負を繰り広げる。単なるアクションに終わらせなかったところがすばらしい。

そして最後はボイルドとの再対決では前回以上の熾烈なアクションが繰り広げられる。





5. ミレニアム3/スティーグ・ラーソン
1,2も面白かったが3はさらに面白く尻上がりによくなっている。てんこもりミステリーでミステリー好きな人ならだれでも楽しめるだろう。



4. みをつくし料理帖/高田郁
江戸を舞台にした料理屋の話。主人公「澪」の成長譚でもあります。もちろん娯楽小説ですが,料理がおいしそうなのと,人情味あふれる展開で,誰でも楽しめる作品になっています。



3. 大聖堂/レイモンド・カーヴァー
レイモンド・カーヴァーの短篇集。今まで短篇集で感動することはほとんどなかったのだけど,これに収録されている「ささやかだけれど、役にたつこと」には参りました。もし未読であればこの作品だけでも読んでほしいと思います。



2. 白檀の刑/莫言
中国の作家モオイエンの作品。
上巻のレビューより。
謀反を起こして捕えられた孫丙(そんへい),美人だが大足の娘の孫眉娘(そんびじょう),眉娘の夫である無能な趙小甲(ちょうしょうこう),その父で死刑執行人を長年続けている趙甲(ちょうこう),県知事で眉娘の愛人である銭丁(せんてい)をめぐる壮大な物語。趙甲による死刑執行シーンのすさまじさ,章によって語り部が変わることでの文体の妙など,大盤振る舞い。

下巻より。
下巻は,いよいよ孫丙の死刑に向かって,全員が動き出す。このうねりの中で大きな役割を果たすのが孫丙自身が開祖となった猫腔(マオチアン)という地方芝居。山東省高密県には実際に「茂腔」という地方芝居があり,茂と猫が同じ発音であることから作者が考案したのが,この猫腔らしい。
ニャオニャオという合いの手に乗せられることで,深刻な話にどことなくユーモラスさがただよう。
ただの娯楽大作と言ってしまってもいいほど爆笑シーンの多い作品であるが,猫腔や語り口の多様さ,各人それぞれの生き様が最後には感動に導いてくれる。すばらしい。


これほど笑った作品もないと言っていいほど面白おかしい小説なのですが,最後には笑いが涙に転嫁していくようなそういった魅力もあります。あまりの面白さにこれを読んでいた数日間はモオイエン,モオイエンとつぶやいてました。ちょっとグロテスクなシーンもありますが,多くの人に読んでほしい作品。今年文庫本も出ています。



1. わたしを離さないで/カズオ・イシグロ
言わずと知れた傑作で今年映画にもなっています。
ミステリーともSFとも読めなくないような作品。語り手であるキャシーHは「介護人」を12年近く勤めている。「提供者」の介護がその仕事だが,育ったヘールシャムの思い出を大事に抱えており,その子供時代からの回想によって話が進む。
最初は読み飛ばしてしまうところにだんだん微妙な違和感を感じるようになり,それが少しずつなんだか分かってくる。子供から大人になるときに感じるそれらの感情を読者も共感できるような作品。淡々としているが重くて深く,感動できる作品。



1位~3位はどれも,これまで読んだどの小説とも全く違うすばらしい作品でした。

●ノンフィクション部門

3. 巨大通信ベンチャーの軌跡
通産省の官僚から,アッカ・ネットワークスを創業し,ADSL事業を立ち上げた湯崎英彦氏による本。英雄譚ではなく,自ら「カリスマ」ではないという筆者がいかにシステマティックに運営していったかという経営術指南の話が中心。

湯崎氏は現在は広島県知事としてまた別のフィールドで活躍しています。



2. ルワンダ中央銀行総裁日記
1960年代にルワンダの中央銀行総裁として派遣され,6年間にわたって国の財政を立て直した著者による記録。ルワンダの経済を分析し,将来進むべき青写真を描き,それを実現する方策としてさまざまな金融政策を実行する。論理的に言えば当たり前のことだが,それをほとんど一人の力で実行してしまったというのは超人的でさえある。特にルワンダの国民を下に見るのではなく,その本来の勤勉さを評価して政策を立案したあたりがすばらしい。



1. ブラインド・サイド アメフトがもたらした奇蹟
アメフトにおいてオフェンスラインというのは一番目立たない地味なポジションですが,パス中心の今のオフェンスにおいてはクオーターバックを守るという重責を担っています。中でもレフトタックルは相手の最良のパスラッシャーと対峙することが多く,優秀なレフトタックルはプロにおいて破格な給料がもらえます。

本書はレフト・タックルという現在の「選ばれた者」のポジションを得るために生まれてきたような若者「マイケル・オアー」の高校からの生活を描いています。父親は殺され,母親はドラッグ中毒,兄弟13人というギャングになる以外にどうしようもない状況で,しかも高校でスポーツ選手としての道を歩み始めるまでは読み書きすらほとんどできなかったという,普通であれば受け入れも拒否されるような状況から少しずつ一流スポーツ選手になっていきます。いかにも米国的な話ですが,受け入れた側の懐の深さも大したものと感動しました。


●実用書編
3. mixiアプリ開発&運用コンプリートブック
mixiアプリの開発本というとすごく範囲が狭く聞こえるかもしれませんが,爆発的なアクセスにどう対応するか,マネタイズはどうしていくかなど,現在のWebサービスの抱える諸問題を極端な形で見せており,多くの開発者にとって価値のある内容になっています。「記憶スケッチ」や「脳力大学-漢字テスト」など,実際の人気アプリの作者が書いているので説得力もあります。



2. ウー・ウェンの北京小麦粉料理
餃子を皮から作りたくて読んだ本ですが,餃子だけでなく,麺類や発酵させるものなどさまざまな粉物を載せています。粉物のバイブルになる本だと思います。Amazonのレビューでも45人中41人が★五つ付けています。



1. Scalaプログラミング入門
頭の中にはまりやすい言語とはまりにくい言語とあるような気がするが,Scalaははまりやすい言語でした。元々PascalやModula-2が好きだったので型付けが強い言語はきらいじゃないし,メリットも分かりやすい。今後使うことがあるかどうかはまだ分かりませんが,使ってみたい言語の一つです。