この秋はワイン映画が大豊作です。ブルゴーニュワインのドキュメンタリー「ソウル・オブ・ワイン」、シャトー・メルシャンの安蔵光弘さんをモデルにした「シグナチャー 日本を世界の銘醸地に」、日本ワインのドキュメンタリー「Vins Japonais」、ジンバブエから南アフリカに逃れた難民がソムリエになりブラインドテイスティングのコンテストに挑むという「チーム・ジンバブエのソムリエたち」(12月公開)、そして今回紹介する「戦地で生まれた奇跡のレバノンワイン」。

どれも興味あるものの、メジャーではないワイン映画は上映館数が少なく、地元で気軽に見られないのが難点。今回はソムリエの田邉公一さんが上映の後にトークをするというので、ちょうど都内に出る用事もあり、吉祥寺まで見に行ったのでした。

そもそも私はレバノンワインについての知識はほとんど全くありません。WSETやソムリエ/ワインエキスパートの教本でも扱われていないので、多くの人にとっても同様だと思います。ただ、先日イスラエルワインのセミナーに出たので、政治的には大きな断絶がありますが気候などについては共通するところがあるのではないかと思っていました。あと、カリフォルニアワインとの関係でいうと、パソ・ロブレスのダオ(Daou)を設立したダオ兄弟がレバノン出身だったということくらい。要はほぼ知識ゼロということです。さらに言うと、レバノンの歴史についてもほとんど分かっていません。

以下、ネタバレもあるので、これから見る予定の人はご注意を。

この映画、普通のワイン映画とは大きく違います。テロワールの話も醸造技術の話もなければ、マーケティング的な話も全くありません。レバノンでどんな品種が作られているのか、それすらほとんど映画内では取り上げられていません。

では何が描かれているか… 戦争です。最初から戦闘シーンの映像が続きます。映画のために作られた戦闘シーンではなくリアルの戦争です。ほぼ廃墟と化した市街地や、戦車が火を吹くシーン。後半ではトラックがドローンに爆撃されるシーンも。実際にそこで傷つき、亡くなる人もいる戦闘シーンには胸が痛くなります(もちろん人が傷つくところが直接描かれているわけではないですが)。

レバノンのワイナリーのワインメーカーたちが戦時下で何を思い、どのような苦労をしてワインを作ってきたか、それがこの映画で描かれていることの中心です。天候やブドウの状態と相談しながら収穫時期を決めるのではなく、砲弾下でどう収穫するか悩んだり、収穫したブドウをトラックでワイナリーまで運ぶのに5日もかかったり… 平和な国の民としては、どうしてそこまでしてワインを造らなければいけないのか、と思うようなことばかりです。

登場人物の中で一番印象的なのは、冒頭から登場するシャトー・ミュザールのセルジュ・ホシャール。ちょっと人を食ったような飄々とした人柄で惹きつけます。

「爆弾が降り注ぐなか気づいた。人生もゆっくり味わうべきだと」

というセリフが紹介されていますが、人生だけでなくワインも1本を二人で6時間ほどもかけてゆっくり飲んでいくという話が出てきます。一緒に飲んでいた相手(著名作家のエリザベス・ギルバート)が途中で感想を言おうとすると、まだ早いとずっと引き伸ばしていき、ワインの味わいも一口ごとに変わっていくという… どこまで本当なの? と思ってしまうところもありますが、いいワインとか悪いワインとかを超越した変化を楽しむワインというのも、それもありなんだという気がだんだんしてきたから不思議です。

マサヤ・ワイナリーのラムジー・ゴスンによる「毎日を可能な限りいい日にする」というのも印象的でした。

結局、語られているのは人生観なのですね。ワインはそれを媒介するもの。極端なことを言えば、描くのはワイナリーでなくてもよかったのかもしれませんが、ワインには人生を投影しやすい何かがあるのかもしれません。

さて、映画の後は田邉ソムリエのトークショーです。


10年も前からレストランにレバノンのワインをオンリストしていたというから田邉さん、すごいです。実際にレバノンの産地も訪問されているそうです。

レバノンはフランス領だった時期があるため、フランスとの結びつきが強く、ワインもフランス風のクラシックな味わいのものが多いそうです。隣のイスラエルがどちらかというと新世界的なワインを作っているのと対照的です。


また、上映後にレバノンワインをグラスでいただきました。

このワイン「ダー・リヒ・ハナン」はシリア難民のアブダラ・リヒが作るワインだそう。カベルネ・ソーヴィニヨン(60%)、マルベック (29%)、サンジョヴェーゼ(11%)という構成で、柔らかい味わいながら、酸もしっかりとしてバランスのいい作り。なかなかいいワインでした。