欧州人はミシュラン東京をどう見ているか
ミシュランガイド東京2009が出版されましたが,星の数は合計227。世界一星の数が多い都市なんだそうです。
このミシュランガイド,昨年の2008には出版後,いろいろな批判も出ましたが,ミシュランの本場欧州の人は東京のガイドをどう見ているでしょうか。
Grand Jury Europeen(GJE)は1996年に設立された団体で,パーカーなどの評論家とは独立したワインの評価や普及活動をしています。GJEのメンバーが4月に来日して星付きレストランを食べ歩いた(読売新聞の記事)のですが,このほど,その結果をまとめられたので紹介します。なお,これはGJEを主催するフランソワ・モース氏から直接いただいて掲載許可をもらった文章で,現時点ではほかに公開されていません。日本語でいただいたものに改行を加えたくらいでそのまま掲載していますので,少々読みにくいですが,下手にいじらないでおきます。
ミシュランガイドとワイン
2008年4月9日から17日までの間、GJE (GRAND JURY EUROPEEN・ヨーロッパ大審査委員会)のメンバー、及びその関係者は、つい最近ミシュランガイドが出版された東京を訪れました。今回の訪問の目的は、初めて出版されたミシュランガイド東京に格付けされている日本のグルメの世界で、ヨーロッパ銘柄ワインがどの様に普及し、格付けされているかを視察するためのものです。 誰もが承知しているミシュランはグルメの世界に於いて代表的で優れたガイドではありますが、完璧なものとなるまでにはまだまだ道のりはあると思われます。ここ数年来、時には審査に誤りがあったり、競争相手の嫉妬もからんだりして、厳しい評価が広まっているのは確かな事であると思われます。 ただ、そうは言っても、初版のガイド東京は書店で大変な反響を呼び、日本語版、英語版を合わせると40万部以上が販売されたのも事実です。
来年はミシュラン創立100周年記念にあたり、その前夜祭の企画、制作はまだ内密に進められており、推測の域は出ませんが、おそらくパリのグランパレで行われるだろうと思われます。その時のために、ミシュランはその有名な星付け(レストランの星はマカロンと呼ばれます)のための条件や規則などあらゆる内容を検討し直していると聞いています。
では、今、あちこちで話題になっている本質的な改善点とは一体何でしょうか。端的に言えば、星付けをその基本に立ち返って、料理そのものに行うように志向していることではないかと思われます。 例えば、パリのレストラン「ASTRANCE」に対して三ツ星の授与が公表されましたが、腕利きシェフのBarbot氏の店舗の造作、調理設備はごく普通のもので、ミシュランはお店の環境やサービス、雰囲気、ワインなどにはこだわらずに、料理のみに対する星付けをするようになっているのは確かであると思われます。すなわち、店舗の格式とかにかかわらず、料理そのものに星付けを行うようになったのではないかと。
こうしたミシュランの方向性あるいは意志表示を見ると、三ツ星レストランが顧客に特別に豪華な、あるいは格式の高い店舗、場を提供出来ない場合でも、料理そのものを対象として星付けが行われるという、大きな変革の現われだと思われます。それでは、ワインの格付けはどうなったのでしょうか。 星付けに、店舗をはじめとする施設の豪華さを要求するがあまり、ホテル業界は利益率に関係なく莫大な資金を星獲得ために投入するあまり、反対に窮地に陥っている例も見受けられます。そのため、こうしたホテルの優秀なシェフ、融資する銀行さえもこの危険な坂を登り切れず、星獲得に走るホテルは無謀とも言える負債をかかえ込んでしまっています。また、地域差があるのも明白であると思われます。パリのような都市の場合は、都会の雰囲気を楽しみにやって来るお金のある外国人観光客を獲得出来ますが、地方に於いてそれはとても難しい状態にあります。 こうしたことからミシュランの星付けの改善の必要性があることは明白であると思われます。ミシュランの支配人であるNaret氏は改善の必要性があることを認め、今、本来の姿である民主的、大衆的なミシュランを維持するために、ミシュランの幹部達はより基本的な観察眼をもって、星付けの変革を進めています。
GJEのメンバーはいよいよ東京に向けて出発しました。果たしてどの様にしてこのアジアの都市が初版ミシュランガイドで、ニューヨークやパリを差し置いてこれだけの星を獲得出来たのだろうか。厳しいミシュランの審査官を引き寄せる魅力を日本は持っているのだろうかと。 今回の視察の目的は二つです。当然のことながら星付き西洋レストランの審査の実際の価値を確認すること。もう一つはワイン専門家のGJEのメンバーが日本料理にヨーロッパの銘柄ワインが適合するかどうかを確かめること。白か赤か。そしてドライか甘口か、芳香あるものが良いのかなどです。
視察の手順として、各種銘柄のワインを取り揃えて日本へ向けて船便で送付し、出発の一か月以上前からワインを100本あまり集めて送ることとしました。それに、レストランの予約とその質の確認、また、我々の活動を支援してくれるパートナー探し、それによってミシュランガイドの星付けとワインの格付けに関して専門的な判断、活動が出来る様にしました。 この視察にヨーロッパの高名なワインドメインヌはすぐさまに興味を示しました。報道機関にあっても我々の活動に対して好意的な報道をしてくれましたし、また、我々の活動を後押してくれました。そればかりではなく、英国航空が協力的に利便を計らってくれましたので、ヒースロー空港のターミナルVの新しいサロンのウインドウケースには、世界 の選ばれたワインが豪奢に並べられているという壮観な状況でした。
こうした段取りを経て、われわれは東京の地の利の良い帝国ホテルに到着しました。実質的に贅沢とも言えるサービスを受けることとなり、かえって恐縮するような心持ちでした。これから手にフォークと箸を携えて戦いに臨むべく、胃の準備もしっかり出来て、さあ戦いへの旅立ちです。我々の気持ちは昂ぶりました。当然、ミシュランガイドを抱えての出発です。10名の視察団(2名はGJE以外のメンバー)。ここ10年来ヨーロッパの有名なレストラン、ローマのDe La Pergola, スイスの Rochaut、フランスは Bocuse, Haeberlin, Gagnaire, Veyratに至るまで視察回数も多く経験豊富な人達ばかりです。 我々の情熱をかけたスケジュールはまず、三ツ星レストラン8軒、2ツ星を何軒か、それに地元で評判あるにもかかわらず、ミシュランには載っていない所を忘れてはならない、この三つです。 物事は順調には進まないものです。星が確約されている代々名の通ったレストラン、例えば、Gagnaire, Troisgros, Robuchon を始め、また、ヨーロッパで評判の高いl’Osier, Pinchiorri, l’Ecrin Beigeはさておいて、我々のリストには聞きなれない名のレストラン、ASO, HAMADAYA, KOJU, SUSHISHOU, MIZUTANI というのもあります。 それでも、予約することもなかなかままならないのが実情です。
おおかたの日本レストランは、単に寿司の賞味の仕方を知らないことを口実に、西洋人を簡単に受け入れてはくれない面があると感じました。これは宗教的なことでしょうか。また、従業員が外国語を全く話せなかったり、電話も話中ばかりだったり、予約するための連絡が取れなかったりと。 これでは我々の熱い情熱も冷めてしまいます。ドイツ人的戦略とわれわれに共通なのは、グルメ道楽によって刺激される何にも動じない食欲、美食ということになります。幸いなことに、東京に15年間在住していたBruno Finance氏が、我々が滞在中の10日間の昼食、夕食のレストランの予約を確保しておいてくれました。
これらを全て味わうためには全員一緒の行動は難しいので、二グループにわかれてその日の食体験をお互いに報告し合うことにしました。 各レストランのシェフが、我々が運んで来たワインに何らかの反応を示してくれる事を期待して、毎回バッグにワインボトルを詰め込んで出かけることにしました。この視察の目的は単純なものです。もしかしたら、ヨーロッパのグランクルが日本の繊細で豪華な料理に受け入れられるだろうか、逆に難しいのだろうかということです。 GJE宛に配達されるワインは300本に及び、帝国ホテルの部屋も広い所へと3度も変わりました。ワインに合わせた食材と一緒にフランスを出ましたので。初日の我々はどんな気持ちでいたのでしょうか。当然のことながら熱い気持ちでいましたが、滞在中にそれがどんな風に変わっていくのか。
基礎的な面で大切な点は、初めは日本レストランの予約を取るために難儀はしましたが(西洋レストランの場合は何の問題もなかったのですが)、非常に強い好奇心が我々を動かし、フランスの慣例では「胸が詰まる」と言う表現がある様に、我々がそれこそ足元まで全てが受け容れられるのではという期待がありました。しかし、最初のレストランを訪れた時からそれは落胆へと急変しました。毎回とても歓迎を受けはしました。しかし、例えば、二つ星の中華レストランは別で、とても非礼であったし、単に利害と親切さ、職人気質だけでなく、ようやくのこと、敬意ある好奇心で我々のグループに接したのは、まさに審査官の到来と感じていたからでしょう。 これで我々の対応の仕方、立場に対する見通しは立ちました。滞在目的も定着したように思います。
メンバーのスイス、フランス、ドイツ、イタリア人の意見を基本に、それぞれが認めたレストランでの一回毎の食事をこなして行ないました。礼儀ある知識人として、他に欠けていない地方の審査官同様に、礼節を尽くす事にしました。 料理、ワインのためにそれぞれがメモノートを持ち、サービスと接客態度も含めて全体のコメントを記録していきました。毎日それをインターネットの2か所のブログに書き込み、我々のブログはそれなりに効果があったと思います。これらのブログのコメントはヨーロッパの朝食時には、今回の日本訪問を支援してくれた人達に届けられました。時々は疲労感に襲われる事がありましたが、(場合によっては昼食を終えて16時にホテルに戻り、18時30分には再び夕食のために出かけて行かなければなりませんでした。)、情熱は冷めるどころかますます活気を帯びてまいりました。
客観的見地 No.1 ミシュランの星付けは寛大過ぎではなかったか? 全体の中で二ツ星の中華レストランについては意外な星付けであると我々は感じました。ミシュランガイドはおおかた正確ではあるのですが、時としてやたらと厳しくその格付けに理解し難い事もあります。概ね3千万人の人口を持つ巨大都市東京を知る時、日本人は割合規則的にレストランでの外食をすることに気付きました。ですから、西洋レストランの100~1000、寿司バー、中華店、そしてデラックスな所に至るまでのミシュランの仕事はかなり膨大なものであったのは理解されます。恐らく、次回の出版に際してはある程度の修正や今回対象にならなかったレストランも含めて、外国あるいはその国の地方新聞に欠かせないローカルな批評も取り入れられるであろう思われます。
同時にこれらの料理体験のコメントの前に決定的な価値となるポイントをミシュランは知るべきです。ミシュランは外国のレストランの星付けをする前に、その地の特殊な食習慣、食生活などを知るべきであると思われます。優先的にヨーロッパに於いては、フランス国内料理に似通った、つまり単純に言えばフランス化された料理に資格を与えるのですが、それだけで良いのだろうかと思われます。残念ながら、地方料理に星はないのです。地方料理に対しても考慮に入れるべきであるのです。レストランにはある程度の豪華さ、質のあるサービス、ワインリストがなければ評価の対象になり得るのは難しいのは当然の様に思えます。また、ミシュランガイドイタリアについては不服に思う事があります。おいしいアルプス料理に対して本当にこれを無視していることです。(スペイン料理のためにも同じ様な事が言えますが。)特にこれらのガイドをイギリスのものと相互に比べることは非難されるべきだと思われます。ヨーロッパの基準からすれば、どの様にして客席は12席のみ、ワインリストはなく、予約にも適当な手段がない寿司のみを提供する日本レストランがどうして三ツ星を得たのだろうかと考え込みます。
我々が初めに感じていたことが分かってもらえるでしょうか。お互いに酷評をし合って良い方法で状況を改善するために、星付けのためには、いろいろな見解を取り合わせ、判断を下していくことが必要なのではないだろうかと。 これらの議論が我々の滞在中のみに存在したものに過ぎないとしても、我々が実感したことは事実なのです。ミシュランが世界的にもっと良く知られる様になるためには、地方の食生活習慣を尊重して行かなければならないのも事実であると見られます。フランス料理に拘泥しないで、地方の食生活を勘案するのは、ミシュランに課された議論の余地がない決定的な結論であると思われます。
客観的見地 No.2: 星を獲得するための必須条件として、ワインリストはあるべきか 活気のある議論でした。ミシュランは、ミシュランガイド、ヨーロッパ、アメリカ版で、店舗の格式、料理にこだわり過ぎ、ワインに対しては一瞥の配慮、評価がなく、ミシュランのワインの受け入れる姿勢に対しては心から抗議するところです。関係者は料理のみについての評価を望んでいるのは明らかで、ひとつかみの目立たないレストラン、Bacchus愛好者は満足感を味わうのです。ガイド東京で行われた事と同じことなのです。従って、ミシュランがカーヴの質を星付けに受け入れないという事、この決定的な方針については責任があると思われます。ミシュランがワインに対する評価を加えるとしたならば、喜び、驚き、これまで加えなかったことの悔いを感じるでしょう。ただ、これがミシュランの審査官の確定的な特殊な決断であれば、それに追従してもかまわない、ただそれだけのことです。 従って我々はワイン無しのレストランについても、それはペナリティなしと言うしかないと結論を出しました。それはかなり我々にとっては由々しい事ではあるのですが。近い夢として、日本人のシェフが我々が運んで来たワインを試飲した上で、ゆくゆくはワインリストを取り入れてくれるであろうとかすかな希望を持っております。特に寿司レストランにおいては。
こちらのブログにも掲載されています。
【脚注】
モース氏のブログから判断すると,中華の二つ星レストランとは「厲(レイ)家菜」のことだと思います。
このミシュランガイド,昨年の2008には出版後,いろいろな批判も出ましたが,ミシュランの本場欧州の人は東京のガイドをどう見ているでしょうか。
Grand Jury Europeen(GJE)は1996年に設立された団体で,パーカーなどの評論家とは独立したワインの評価や普及活動をしています。GJEのメンバーが4月に来日して星付きレストランを食べ歩いた(読売新聞の記事)のですが,このほど,その結果をまとめられたので紹介します。なお,これはGJEを主催するフランソワ・モース氏から直接いただいて掲載許可をもらった文章で,現時点ではほかに公開されていません。日本語でいただいたものに改行を加えたくらいでそのまま掲載していますので,少々読みにくいですが,下手にいじらないでおきます。
ミシュランガイドとワイン
2008年4月9日から17日までの間、GJE (GRAND JURY EUROPEEN・ヨーロッパ大審査委員会)のメンバー、及びその関係者は、つい最近ミシュランガイドが出版された東京を訪れました。今回の訪問の目的は、初めて出版されたミシュランガイド東京に格付けされている日本のグルメの世界で、ヨーロッパ銘柄ワインがどの様に普及し、格付けされているかを視察するためのものです。 誰もが承知しているミシュランはグルメの世界に於いて代表的で優れたガイドではありますが、完璧なものとなるまでにはまだまだ道のりはあると思われます。ここ数年来、時には審査に誤りがあったり、競争相手の嫉妬もからんだりして、厳しい評価が広まっているのは確かな事であると思われます。 ただ、そうは言っても、初版のガイド東京は書店で大変な反響を呼び、日本語版、英語版を合わせると40万部以上が販売されたのも事実です。
来年はミシュラン創立100周年記念にあたり、その前夜祭の企画、制作はまだ内密に進められており、推測の域は出ませんが、おそらくパリのグランパレで行われるだろうと思われます。その時のために、ミシュランはその有名な星付け(レストランの星はマカロンと呼ばれます)のための条件や規則などあらゆる内容を検討し直していると聞いています。
では、今、あちこちで話題になっている本質的な改善点とは一体何でしょうか。端的に言えば、星付けをその基本に立ち返って、料理そのものに行うように志向していることではないかと思われます。 例えば、パリのレストラン「ASTRANCE」に対して三ツ星の授与が公表されましたが、腕利きシェフのBarbot氏の店舗の造作、調理設備はごく普通のもので、ミシュランはお店の環境やサービス、雰囲気、ワインなどにはこだわらずに、料理のみに対する星付けをするようになっているのは確かであると思われます。すなわち、店舗の格式とかにかかわらず、料理そのものに星付けを行うようになったのではないかと。
こうしたミシュランの方向性あるいは意志表示を見ると、三ツ星レストランが顧客に特別に豪華な、あるいは格式の高い店舗、場を提供出来ない場合でも、料理そのものを対象として星付けが行われるという、大きな変革の現われだと思われます。それでは、ワインの格付けはどうなったのでしょうか。 星付けに、店舗をはじめとする施設の豪華さを要求するがあまり、ホテル業界は利益率に関係なく莫大な資金を星獲得ために投入するあまり、反対に窮地に陥っている例も見受けられます。そのため、こうしたホテルの優秀なシェフ、融資する銀行さえもこの危険な坂を登り切れず、星獲得に走るホテルは無謀とも言える負債をかかえ込んでしまっています。また、地域差があるのも明白であると思われます。パリのような都市の場合は、都会の雰囲気を楽しみにやって来るお金のある外国人観光客を獲得出来ますが、地方に於いてそれはとても難しい状態にあります。 こうしたことからミシュランの星付けの改善の必要性があることは明白であると思われます。ミシュランの支配人であるNaret氏は改善の必要性があることを認め、今、本来の姿である民主的、大衆的なミシュランを維持するために、ミシュランの幹部達はより基本的な観察眼をもって、星付けの変革を進めています。
GJEのメンバーはいよいよ東京に向けて出発しました。果たしてどの様にしてこのアジアの都市が初版ミシュランガイドで、ニューヨークやパリを差し置いてこれだけの星を獲得出来たのだろうか。厳しいミシュランの審査官を引き寄せる魅力を日本は持っているのだろうかと。 今回の視察の目的は二つです。当然のことながら星付き西洋レストランの審査の実際の価値を確認すること。もう一つはワイン専門家のGJEのメンバーが日本料理にヨーロッパの銘柄ワインが適合するかどうかを確かめること。白か赤か。そしてドライか甘口か、芳香あるものが良いのかなどです。
視察の手順として、各種銘柄のワインを取り揃えて日本へ向けて船便で送付し、出発の一か月以上前からワインを100本あまり集めて送ることとしました。それに、レストランの予約とその質の確認、また、我々の活動を支援してくれるパートナー探し、それによってミシュランガイドの星付けとワインの格付けに関して専門的な判断、活動が出来る様にしました。 この視察にヨーロッパの高名なワインドメインヌはすぐさまに興味を示しました。報道機関にあっても我々の活動に対して好意的な報道をしてくれましたし、また、我々の活動を後押してくれました。そればかりではなく、英国航空が協力的に利便を計らってくれましたので、ヒースロー空港のターミナルVの新しいサロンのウインドウケースには、世界 の選ばれたワインが豪奢に並べられているという壮観な状況でした。
こうした段取りを経て、われわれは東京の地の利の良い帝国ホテルに到着しました。実質的に贅沢とも言えるサービスを受けることとなり、かえって恐縮するような心持ちでした。これから手にフォークと箸を携えて戦いに臨むべく、胃の準備もしっかり出来て、さあ戦いへの旅立ちです。我々の気持ちは昂ぶりました。当然、ミシュランガイドを抱えての出発です。10名の視察団(2名はGJE以外のメンバー)。ここ10年来ヨーロッパの有名なレストラン、ローマのDe La Pergola, スイスの Rochaut、フランスは Bocuse, Haeberlin, Gagnaire, Veyratに至るまで視察回数も多く経験豊富な人達ばかりです。 我々の情熱をかけたスケジュールはまず、三ツ星レストラン8軒、2ツ星を何軒か、それに地元で評判あるにもかかわらず、ミシュランには載っていない所を忘れてはならない、この三つです。 物事は順調には進まないものです。星が確約されている代々名の通ったレストラン、例えば、Gagnaire, Troisgros, Robuchon を始め、また、ヨーロッパで評判の高いl’Osier, Pinchiorri, l’Ecrin Beigeはさておいて、我々のリストには聞きなれない名のレストラン、ASO, HAMADAYA, KOJU, SUSHISHOU, MIZUTANI というのもあります。 それでも、予約することもなかなかままならないのが実情です。
おおかたの日本レストランは、単に寿司の賞味の仕方を知らないことを口実に、西洋人を簡単に受け入れてはくれない面があると感じました。これは宗教的なことでしょうか。また、従業員が外国語を全く話せなかったり、電話も話中ばかりだったり、予約するための連絡が取れなかったりと。 これでは我々の熱い情熱も冷めてしまいます。ドイツ人的戦略とわれわれに共通なのは、グルメ道楽によって刺激される何にも動じない食欲、美食ということになります。幸いなことに、東京に15年間在住していたBruno Finance氏が、我々が滞在中の10日間の昼食、夕食のレストランの予約を確保しておいてくれました。
これらを全て味わうためには全員一緒の行動は難しいので、二グループにわかれてその日の食体験をお互いに報告し合うことにしました。 各レストランのシェフが、我々が運んで来たワインに何らかの反応を示してくれる事を期待して、毎回バッグにワインボトルを詰め込んで出かけることにしました。この視察の目的は単純なものです。もしかしたら、ヨーロッパのグランクルが日本の繊細で豪華な料理に受け入れられるだろうか、逆に難しいのだろうかということです。 GJE宛に配達されるワインは300本に及び、帝国ホテルの部屋も広い所へと3度も変わりました。ワインに合わせた食材と一緒にフランスを出ましたので。初日の我々はどんな気持ちでいたのでしょうか。当然のことながら熱い気持ちでいましたが、滞在中にそれがどんな風に変わっていくのか。
基礎的な面で大切な点は、初めは日本レストランの予約を取るために難儀はしましたが(西洋レストランの場合は何の問題もなかったのですが)、非常に強い好奇心が我々を動かし、フランスの慣例では「胸が詰まる」と言う表現がある様に、我々がそれこそ足元まで全てが受け容れられるのではという期待がありました。しかし、最初のレストランを訪れた時からそれは落胆へと急変しました。毎回とても歓迎を受けはしました。しかし、例えば、二つ星の中華レストランは別で、とても非礼であったし、単に利害と親切さ、職人気質だけでなく、ようやくのこと、敬意ある好奇心で我々のグループに接したのは、まさに審査官の到来と感じていたからでしょう。 これで我々の対応の仕方、立場に対する見通しは立ちました。滞在目的も定着したように思います。
メンバーのスイス、フランス、ドイツ、イタリア人の意見を基本に、それぞれが認めたレストランでの一回毎の食事をこなして行ないました。礼儀ある知識人として、他に欠けていない地方の審査官同様に、礼節を尽くす事にしました。 料理、ワインのためにそれぞれがメモノートを持ち、サービスと接客態度も含めて全体のコメントを記録していきました。毎日それをインターネットの2か所のブログに書き込み、我々のブログはそれなりに効果があったと思います。これらのブログのコメントはヨーロッパの朝食時には、今回の日本訪問を支援してくれた人達に届けられました。時々は疲労感に襲われる事がありましたが、(場合によっては昼食を終えて16時にホテルに戻り、18時30分には再び夕食のために出かけて行かなければなりませんでした。)、情熱は冷めるどころかますます活気を帯びてまいりました。
客観的見地 No.1 ミシュランの星付けは寛大過ぎではなかったか? 全体の中で二ツ星の中華レストランについては意外な星付けであると我々は感じました。ミシュランガイドはおおかた正確ではあるのですが、時としてやたらと厳しくその格付けに理解し難い事もあります。概ね3千万人の人口を持つ巨大都市東京を知る時、日本人は割合規則的にレストランでの外食をすることに気付きました。ですから、西洋レストランの100~1000、寿司バー、中華店、そしてデラックスな所に至るまでのミシュランの仕事はかなり膨大なものであったのは理解されます。恐らく、次回の出版に際してはある程度の修正や今回対象にならなかったレストランも含めて、外国あるいはその国の地方新聞に欠かせないローカルな批評も取り入れられるであろう思われます。
同時にこれらの料理体験のコメントの前に決定的な価値となるポイントをミシュランは知るべきです。ミシュランは外国のレストランの星付けをする前に、その地の特殊な食習慣、食生活などを知るべきであると思われます。優先的にヨーロッパに於いては、フランス国内料理に似通った、つまり単純に言えばフランス化された料理に資格を与えるのですが、それだけで良いのだろうかと思われます。残念ながら、地方料理に星はないのです。地方料理に対しても考慮に入れるべきであるのです。レストランにはある程度の豪華さ、質のあるサービス、ワインリストがなければ評価の対象になり得るのは難しいのは当然の様に思えます。また、ミシュランガイドイタリアについては不服に思う事があります。おいしいアルプス料理に対して本当にこれを無視していることです。(スペイン料理のためにも同じ様な事が言えますが。)特にこれらのガイドをイギリスのものと相互に比べることは非難されるべきだと思われます。ヨーロッパの基準からすれば、どの様にして客席は12席のみ、ワインリストはなく、予約にも適当な手段がない寿司のみを提供する日本レストランがどうして三ツ星を得たのだろうかと考え込みます。
我々が初めに感じていたことが分かってもらえるでしょうか。お互いに酷評をし合って良い方法で状況を改善するために、星付けのためには、いろいろな見解を取り合わせ、判断を下していくことが必要なのではないだろうかと。 これらの議論が我々の滞在中のみに存在したものに過ぎないとしても、我々が実感したことは事実なのです。ミシュランが世界的にもっと良く知られる様になるためには、地方の食生活習慣を尊重して行かなければならないのも事実であると見られます。フランス料理に拘泥しないで、地方の食生活を勘案するのは、ミシュランに課された議論の余地がない決定的な結論であると思われます。
客観的見地 No.2: 星を獲得するための必須条件として、ワインリストはあるべきか 活気のある議論でした。ミシュランは、ミシュランガイド、ヨーロッパ、アメリカ版で、店舗の格式、料理にこだわり過ぎ、ワインに対しては一瞥の配慮、評価がなく、ミシュランのワインの受け入れる姿勢に対しては心から抗議するところです。関係者は料理のみについての評価を望んでいるのは明らかで、ひとつかみの目立たないレストラン、Bacchus愛好者は満足感を味わうのです。ガイド東京で行われた事と同じことなのです。従って、ミシュランがカーヴの質を星付けに受け入れないという事、この決定的な方針については責任があると思われます。ミシュランがワインに対する評価を加えるとしたならば、喜び、驚き、これまで加えなかったことの悔いを感じるでしょう。ただ、これがミシュランの審査官の確定的な特殊な決断であれば、それに追従してもかまわない、ただそれだけのことです。 従って我々はワイン無しのレストランについても、それはペナリティなしと言うしかないと結論を出しました。それはかなり我々にとっては由々しい事ではあるのですが。近い夢として、日本人のシェフが我々が運んで来たワインを試飲した上で、ゆくゆくはワインリストを取り入れてくれるであろうとかすかな希望を持っております。特に寿司レストランにおいては。
こちらのブログにも掲載されています。
【脚注】
モース氏のブログから判断すると,中華の二つ星レストランとは「厲(レイ)家菜」のことだと思います。
Maboroshi wrote: