ハーラン・エステート創設40周年、栽培にかける強い思い
1984年に設立されたハーラン・エステート(Harlan Estate)、40周年となる今年は世界各地で「マスタークラス」と称するセミナーを開催して回ります。その最初の開催地として選ばれたのが東京。ありがたいことに、この記念すべきセミナーに参加させていただきました。
今回来日したのは創設時からディレクターを務めてきたドン・ウィーバー氏(写真上)と、2代目ディレクターに就任したフランソワ・ヴィニョオ氏(写真下)です。
創設者のビル・ハーランは南カリフォルニアの出身。UCバークレーに進学し、週末ごとにナパを訪れるようになり、ワインを作りたいという夢を抱きました。しかし、お金もなくビジネスの道に進みます。様々なビジネスで世界各地にも行くようになり、欧州の素晴らしいワイナリーも回りました。ナパはまだそのころ、ヴァレーフロアと呼ばれる平地の畑がほとんどでしたが、欧州では斜面の中腹に素晴らしい畑があることを知り、斜面の畑を探そうと決意します。
その後、不動産業で大儲けし、いよいよワイン造りが現実のものになってきます。
いろいろな土地を見て最終的に見つけたのがオークヴィルの西側の森の中でした。斜面で水はけがよく、土壌は火山性と沖積性が混じりあっています。東向き斜面が中心になるため、朝のやわらかい日差しはよく当たりますが、夕方の強い西日はあまり当たりません。森に囲まれていることもワインに独特のニュアンスを与えます。いわゆるフォグラインより下なので霧の影響も受けます。
ハーランのヴィンヤードマップ(北西方面からの図)
畑の東側は火山性土壌が多く、西側は沖積性土壌が多くあります。火山性のところは特に表土が非常に薄いのも特徴です。斜面の向きは東向きが基調ですが、西向きや北向きなどのところもあります。ブドウ品種はカベルネ・ソーヴィニヨンが大部分ですが、北向き斜面にはカベルネ・フランとプティヴェルドが中心に植えられていて、沖積性のところにはメルローも植えています。
ハーランでは特に栽培面に力を入れており、今回のセミナーも大部分が栽培に関するものでした。
有機栽培はすでに行っており、バイオダイナミクスにもかなり近いものになっています。また20世紀の日本の農学者で「自然農法」の実践で知られる福岡正信の手法も取り入れています。福岡正信の農法は「不耕起 無肥料 無除草」を特徴としています。近年、先進的なワイナリーが実践を始めている「リジェネレーティブ」な有機栽培は、特に「不耕起」を大きな特徴にしていますが、福岡正信の手法はその古くからの実践であり、ハーランもリジェネレーティブと名乗ってはいませんが、同じような方法にずっと取り組んでいます。
また、今回のセミナーで強調していたのが「ドライ・ファーミング」。すなわち灌漑をしない(実際には全くしないというより極力減らした形になります)農法です。土地のエッセンスを引き出すために重要だと考えており、福岡正信の思想にも近くなります。「灌漑をしないのはブドウの樹のためであるのと同時に人のためでもある」とフランソワ氏。
ドライ・ファーミングには2008年ころから取り組みを始めています。ただ、雨の少ないナパでは若いブドウの樹には灌漑をしないと枯れてしまうこともあるため、抵抗力を高められるよう最初の3~5年は灌漑しています。なお、ハーランではブドウの樹はブロック単位で植え替えるのではなく、1本単位で行うため、一つのブロックの中に様々な樹齢の樹があります。灌漑も1本単位で管理して行っています。ちなみに現在の平均樹齢は30年ほどです。このほか熱波によってブドウの樹がストレスを感じているときには部分的に灌漑することもあります。
現状では畑の8割ほどは、この8年間で全く水を与えていないといいます。面白いことに、ドライ・ファーミングにすることによって、ブドウはレーズン化しやすくなるのではなく、むしろフレッシュな味わいになるそうです。ブドウは根を張り、実は小さく種も小さくなります。また、ドライ・ファーミングによってブドウの成熟は早まっています。2020年から2022年は8月中に収穫が始まっており、9月の上旬から中旬には完了しています。ナパの多くのワイナリーでは9月中旬から10月中旬にかけて収穫するのが通例であり、ハーランの収穫がいかに早いかが分かります。
なお、そのハーランでも2023年の収穫は9月下旬から10月下旬までかかったとのこと。「例年より最低でも3週間遅れ」(フランソワ氏)という極めて例外的なヴィンテージでした。
試飲に移ります。今回はこの春リリース予定の2020年、良年と言われている2019年と2016年、そして18年熟成した2006年の4ヴィンテージを試飲します。
2020年は8月と9月に山火事が起こった年です。8月の火事はナパでの被害は少なかったですが、9月下旬の火事はナパのスプリング・マウンテンなどが燃え、ナパ中に煙が広がったことでブドウが汚染され、赤ワインの醸造をあきらめたワイナリーが数多く出ました。ハーランでは8月22日に収穫が始まり、9月上旬には完了していたため、山火事の被害を免れました。結果として酸は高く、糖は低め、それでもフェノリックは成熟したブドウが収穫できました。ワインに透明感とエネルギーがあり「新しいディレクションの始まり」とフランソワ氏。これまでのハーランと比べてもエレガントなスタイルですが、The Wine Independentの編集長で元Wine Advocate編集長のリサ・ペロッティ・ブラウンは100点を付けており、それが大きな事実ではないかとのこと。
ナパのカベルネ・ソーヴィニヨンというと濃厚で黒系や青系の果実味が強くフルボディというのがイメージだと思いますが、2020年のハーランは赤果実の風味が中心でわずかにブルーベリーを感じます。タンニンはやや強く、しなやかな味わい。ハーブやスミレの花の香り。軽やかでありながらエネルギーを感じるワイン。濃厚フルボディのカベルネとは一線を画す味わいは、もしかすると飲む人によって期待と違うと感じるかもしれませんが個人的には高く評価します。
2019年と2018年は2年連続で極めて評価の高いヴィンテージ。将来は1982年のボルドーのように名声を得られるのではないかとのこと。今回はこのうちの2019年が試飲で出ました。
2019年はそれまで数年続いた干ばつから、春先まで雨の多いシーズンとなり樹勢も強くなりました。生育期間は雨もなく良好な状況が続きました。
2020年と比べると濃厚で、黒系果実の風味を強く感じます。杉やタバコやコーヒーの風味もあります。ハーランのシグニチャーとも言えるスムーズでやわらかなテクスチャー。パワフルですがきれいなワインです。
2016年も干ばつの後の、雨の多いヴィンテージで、長く安定した生育期間が続きました。
完璧なバランスを持つワイン。内に秘めたパワーがあり、こなれてしなやかなタンニン、美しい果実味。個人的にはこの日の一番で、これまで飲んだことがあるハーランの中でも1、2を争うレベルです。
最後は2006年。冬は寒くて雨が多く、夏は気温が高めに推移した年。
赤系から黒系の果実にスミレの花、熟成によって腐葉土やマッシュルームの香りが出てきています。これもまたなめらかなテクスチャーとそこに溶け込んだタンニンが素晴らしいワイン。とてもきれいに熟成が進んでいます。まだフレッシュさもあるので後5年くらいはきれいに熟成が進みそうです。なお、ハーランでは「30年でも50年でも熟成で保つが若い時点で飲んだ方が個性を発揮できるのではないか」とのことでした。
久しぶりのハーランのセミナー。特に収穫の早くなった2020年の味わいが気になっていたので、非常に貴重な経験ができました。
最後はおまけショット
今回来日したのは創設時からディレクターを務めてきたドン・ウィーバー氏(写真上)と、2代目ディレクターに就任したフランソワ・ヴィニョオ氏(写真下)です。
創設者のビル・ハーランは南カリフォルニアの出身。UCバークレーに進学し、週末ごとにナパを訪れるようになり、ワインを作りたいという夢を抱きました。しかし、お金もなくビジネスの道に進みます。様々なビジネスで世界各地にも行くようになり、欧州の素晴らしいワイナリーも回りました。ナパはまだそのころ、ヴァレーフロアと呼ばれる平地の畑がほとんどでしたが、欧州では斜面の中腹に素晴らしい畑があることを知り、斜面の畑を探そうと決意します。
その後、不動産業で大儲けし、いよいよワイン造りが現実のものになってきます。
いろいろな土地を見て最終的に見つけたのがオークヴィルの西側の森の中でした。斜面で水はけがよく、土壌は火山性と沖積性が混じりあっています。東向き斜面が中心になるため、朝のやわらかい日差しはよく当たりますが、夕方の強い西日はあまり当たりません。森に囲まれていることもワインに独特のニュアンスを与えます。いわゆるフォグラインより下なので霧の影響も受けます。
ハーランのヴィンヤードマップ(北西方面からの図)
畑の東側は火山性土壌が多く、西側は沖積性土壌が多くあります。火山性のところは特に表土が非常に薄いのも特徴です。斜面の向きは東向きが基調ですが、西向きや北向きなどのところもあります。ブドウ品種はカベルネ・ソーヴィニヨンが大部分ですが、北向き斜面にはカベルネ・フランとプティヴェルドが中心に植えられていて、沖積性のところにはメルローも植えています。
ハーランでは特に栽培面に力を入れており、今回のセミナーも大部分が栽培に関するものでした。
有機栽培はすでに行っており、バイオダイナミクスにもかなり近いものになっています。また20世紀の日本の農学者で「自然農法」の実践で知られる福岡正信の手法も取り入れています。福岡正信の農法は「不耕起 無肥料 無除草」を特徴としています。近年、先進的なワイナリーが実践を始めている「リジェネレーティブ」な有機栽培は、特に「不耕起」を大きな特徴にしていますが、福岡正信の手法はその古くからの実践であり、ハーランもリジェネレーティブと名乗ってはいませんが、同じような方法にずっと取り組んでいます。
また、今回のセミナーで強調していたのが「ドライ・ファーミング」。すなわち灌漑をしない(実際には全くしないというより極力減らした形になります)農法です。土地のエッセンスを引き出すために重要だと考えており、福岡正信の思想にも近くなります。「灌漑をしないのはブドウの樹のためであるのと同時に人のためでもある」とフランソワ氏。
ドライ・ファーミングには2008年ころから取り組みを始めています。ただ、雨の少ないナパでは若いブドウの樹には灌漑をしないと枯れてしまうこともあるため、抵抗力を高められるよう最初の3~5年は灌漑しています。なお、ハーランではブドウの樹はブロック単位で植え替えるのではなく、1本単位で行うため、一つのブロックの中に様々な樹齢の樹があります。灌漑も1本単位で管理して行っています。ちなみに現在の平均樹齢は30年ほどです。このほか熱波によってブドウの樹がストレスを感じているときには部分的に灌漑することもあります。
現状では畑の8割ほどは、この8年間で全く水を与えていないといいます。面白いことに、ドライ・ファーミングにすることによって、ブドウはレーズン化しやすくなるのではなく、むしろフレッシュな味わいになるそうです。ブドウは根を張り、実は小さく種も小さくなります。また、ドライ・ファーミングによってブドウの成熟は早まっています。2020年から2022年は8月中に収穫が始まっており、9月の上旬から中旬には完了しています。ナパの多くのワイナリーでは9月中旬から10月中旬にかけて収穫するのが通例であり、ハーランの収穫がいかに早いかが分かります。
なお、そのハーランでも2023年の収穫は9月下旬から10月下旬までかかったとのこと。「例年より最低でも3週間遅れ」(フランソワ氏)という極めて例外的なヴィンテージでした。
試飲に移ります。今回はこの春リリース予定の2020年、良年と言われている2019年と2016年、そして18年熟成した2006年の4ヴィンテージを試飲します。
2020年は8月と9月に山火事が起こった年です。8月の火事はナパでの被害は少なかったですが、9月下旬の火事はナパのスプリング・マウンテンなどが燃え、ナパ中に煙が広がったことでブドウが汚染され、赤ワインの醸造をあきらめたワイナリーが数多く出ました。ハーランでは8月22日に収穫が始まり、9月上旬には完了していたため、山火事の被害を免れました。結果として酸は高く、糖は低め、それでもフェノリックは成熟したブドウが収穫できました。ワインに透明感とエネルギーがあり「新しいディレクションの始まり」とフランソワ氏。これまでのハーランと比べてもエレガントなスタイルですが、The Wine Independentの編集長で元Wine Advocate編集長のリサ・ペロッティ・ブラウンは100点を付けており、それが大きな事実ではないかとのこと。
ナパのカベルネ・ソーヴィニヨンというと濃厚で黒系や青系の果実味が強くフルボディというのがイメージだと思いますが、2020年のハーランは赤果実の風味が中心でわずかにブルーベリーを感じます。タンニンはやや強く、しなやかな味わい。ハーブやスミレの花の香り。軽やかでありながらエネルギーを感じるワイン。濃厚フルボディのカベルネとは一線を画す味わいは、もしかすると飲む人によって期待と違うと感じるかもしれませんが個人的には高く評価します。
2019年と2018年は2年連続で極めて評価の高いヴィンテージ。将来は1982年のボルドーのように名声を得られるのではないかとのこと。今回はこのうちの2019年が試飲で出ました。
2019年はそれまで数年続いた干ばつから、春先まで雨の多いシーズンとなり樹勢も強くなりました。生育期間は雨もなく良好な状況が続きました。
2020年と比べると濃厚で、黒系果実の風味を強く感じます。杉やタバコやコーヒーの風味もあります。ハーランのシグニチャーとも言えるスムーズでやわらかなテクスチャー。パワフルですがきれいなワインです。
2016年も干ばつの後の、雨の多いヴィンテージで、長く安定した生育期間が続きました。
完璧なバランスを持つワイン。内に秘めたパワーがあり、こなれてしなやかなタンニン、美しい果実味。個人的にはこの日の一番で、これまで飲んだことがあるハーランの中でも1、2を争うレベルです。
最後は2006年。冬は寒くて雨が多く、夏は気温が高めに推移した年。
赤系から黒系の果実にスミレの花、熟成によって腐葉土やマッシュルームの香りが出てきています。これもまたなめらかなテクスチャーとそこに溶け込んだタンニンが素晴らしいワイン。とてもきれいに熟成が進んでいます。まだフレッシュさもあるので後5年くらいはきれいに熟成が進みそうです。なお、ハーランでは「30年でも50年でも熟成で保つが若い時点で飲んだ方が個性を発揮できるのではないか」とのことでした。
久しぶりのハーランのセミナー。特に収穫の早くなった2020年の味わいが気になっていたので、非常に貴重な経験ができました。
最後はおまけショット