名門ワイナリーのレガシーを引き継ぐ「レイル」
レイル・ヴィンヤーズ(Lail Vineyards)のワインを一度に9本も飲むという貴重なワイン会に参加させていただきました。
レイルのワインはピーロートが輸入していますが、おそらく数は相当少ないので、市場で見かけることはあまりないと思います。知名度も「知る人ぞ知る」といったところだと思います。実際にはワイン・アドヴォケイトで100点を4本も取っており、名門の名にふさわしいワイナリーです。
レイルの話をするときに、避けて通れないのが「イングルヌック(Inglenook)」。現在はフランシス・フォード・コッポラ監督のワイナリーの名前として知られていますが、元々は19世紀にフィンランド出身の船乗り「グスタフ・ニーバウム」が設立したワイナリーでした。グスタフ時代も万博で銀メダルを得るなど、高い評価を得ましたが、その名を高めたのが禁酒法後の1939年からワイナリーを率いたジョン・ダニエル・ジュニアでした。グスタフの遠い親戚でしたが、幼いときに母親を亡くして、グスタフ未亡人に育てられたのでした。
ジョン・ダニエル・ジュニアは禁酒法後の、高品質ワインがほとんど作られなかった時代に、品質最優先でワインを造っていました。1941年のカベルネ・ソーヴィニョンは「史上最高の赤ワインの一つ」とまで呼ばれたのです。
ただ、品質が高いワインを造っても、その市場がないとどうしようもありません。資金繰りに苦しみ、1963年にはワイナリーを売却してしまい、69年に亡くなってしまいます。

ジョン・ダニエル・ジュニアの長女のロビン・レイルが、レイルのオーナーなのですが、彼女は、ワイナリーの売却がとてもショックだったといいます。彼女に唯一残されたのが、ナパのヨントヴィルにある畑ナパヌック(Napanook)。この銘醸畑を使って、フランスのペトリュスのオーナー家であるムエックスと立ち上げたのがドミナス(Dominus)でした。その後、彼女はロバート・モンダヴィの下で働き、ビル・ハーランによるメルヴィルの設立にも参加します。ただ、これらもまた売却してしまい、1990年代に立ち上げたのがレイル・ヴィンヤーズなのです。
レイルのフラッグシップのカベルネ・ソーヴィニョンが「ジョン・ダニエル・キュベ」。いうまでもなく、偉大な父親に敬意を表して付けた名前です。ロビン・レイルがドミナスを手放してしまったことは、傍目からはもったいないという気もしますが、私が想像するには、ムエックスが主導権を握るドミナスではなく、自分の力で父親のレガシーを引き継ぎたかったのではないかと思います。
レイルの自社畑は二つ。そのうちナパのヨントヴィルにあるトーテム・ヴィンヤードは、イングルヌックが所有していた畑(ナパヌックをHighway29が横切る東側の区域)で、現在はソーヴィニヨン・ブランが植えられています。ナパのソーヴィニヨン・ブランの中でもトップクラスの品質と希少さを持つレイルの「ジョージア」がこの畑から造られています。
もう一つはハウエル・マウンテンの「モール・ヒル」という畑。こちらはカベルネ・ソーヴィニョンが植えられており、ジョン・ダニエル・キュベに使われています。ジョン・ダニエル・キュベにはこのほかカリストガやオークヴィル、スタッグス・リープ・ディストリクトから調達したブドウも使われています。
レイル・ヴィンヤーズのワインメーカーは設立当初からフィリップ・メルカ(今はその弟子のマーヤン・コシツキーも)が務めています。今や数十の顧客を抱えるフィリップ・メルカですが、実はメルカにとっても、レイルは初めてワインメーカーになったワイナリー。ロビン・レイルが見込んだ才能は間違いなかったのです。
前述のように、カベルネ・ソーヴィニョンのジョン・ダニエル・キュベとソーヴィニョン・ブランのジョージアがレイルの2大柱。このほかブループリントというセカンドのカベルネとソーヴィニヨン・ブランがあります。この日は、モール・ヒルの単一畑のカベルネ・ソーヴィニョンもありました。
まずは2022年のブループリント・ソーヴィニョン・ブランです。
青リンゴや洋ナシの風味。セカンドの位置づけですが柔らかくまったりとしたテクスチャーが高級感を感じさせます。アフターにちょっと苦みがあり、味を引き締めていました。
次は2016年のジョージアです。私も多分ジョージアを飲むのは初めて。
蜜のようなテクスチャーと、白桃。カモミールのスパイス感。パワフルでスケールの大きなワイン。ブループリントも十分美味しいですが、やっぱりこれはすごいです。
3本目は2021年のカベルネ・ソーヴィニョンのブループリント。
リッチでフルボディ。ブルーベリーの風味にヨーグルトのような乳酸菌のニュアンス。セカンドとは言え、レベル高いです。デカンター誌で95点というのはセカンドとしては破格の高評価。
ここから5ヴィンテージのジョン・ダニエル・キュベが続きます。
最初は1995年。レイルの最初のヴィンテージという貴重なワインです。
30年の熟成を経て、腐葉土やマッシュルームなどの第3アロマが顕著に出てきています。果実味も残っており、カシスの風味があります。酸がきれいでボルドー的なスタイルのワイン。
次は2009年。カシスなどの果実味がまだまだしっかりしています。熟成感も出てきていますが、もう少し熟成するともっと良くなるのではないかと思います。
次の2011年は2000年以降では一番冷涼で、ナパでカベルネ・ソーヴィニョンがしっかり成熟しなかったというレアな年。収量も少なく、ワインメーカーは今までで一番難しい年だったと言うことが多いですが、逆にこういう年は熟成感が早くでてきてきれいなワインになっていくケースも多くあります。ジョン・ダニエル・キュベの2011年も非常にバランスよく、酸が張っていて、緊張感のある味わい。ヨーグルトの風味や、カシスも感じられ、とてもいい熟成をしています。
次の2012年はジョン・ダニエル・キュベがワイン・アドヴォケイトで初めて100点を取った年。2011年と打って変わった良コンディションのヴィンテージですが、前年の不作を補うように収量を多く取ったワイナリーも多く、玉石混交のヴィンテージと言われていますが、これは間違いなく玉のワイン。これもまたバランスが素晴らしく、ザクロやレッド・チェリーなど赤い果実の風味がきれいです。スパイシーさやリコリスの甘やかさもあり、2012年のワインとしてはこれまで飲んだ中でベストに感じました。
ジョン・ダニエル・キュベの最後は2015年です。気温が高く、収量が少なかったため、非常に凝縮したワインができたヴィンテージと言われています。ジョン・ダニエル・キュベもこれまでのヴィンテージとはだいぶ異なる、モダンナパ的なスタイルでした。濃くパワフルでプルーンの果実味。ただ、濃いだけでなく酸もあるのでトータルとしては非常にナパらしい素晴らしいカベルネに仕上がっています。
レイルのワインの最後は2015年のモール・ヒル単一畑のマグナムという希少なワイン。畑の名前そのままで、ラベルにモグラが描かれています。前述のように2015年のスタイル自体がかなり熟度の高いものであったのに加えて、ナパの中でも気温が高く、乾燥してパワフルなワインができるハウエル・マウンテンなので、ジョン・ダニエル・キュベの2015年以上にパワフルに仕上がっています。照り付ける太陽を感じるようなハウエルマウンテンらしさのあるカベルネ・ソーヴィニョンでした。
ここまででも素晴らしいワイン三昧だったのですが、さらに参加者の差し入れで98年と99年のドミナスをいただきました。前述のように、ドミナスはイングルヌックを失った後に、ロビン・レイルが最初に参画したワイナリー。ドミナスの畑として知られているナパヌックは元イングルヌックの畑です。
1998年はエルニーニョのヴィンテージとして知られている、雨が多くて気温が低い難しい年でした。2011年の前の難しい年というと、まずこの年が上がると思います。98年のドミナスも果実味は弱く、マッシュルームなどの熟成香が中心の味わい。1999年はバランスよい仕上がり。もうだいぶ酔っぱらっているのでコメントがいい加減です。
貴重なワインの数々、ありがとうございました。