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Date: 2008/1202 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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カラマーゾフの兄弟の新訳で話題を呼んだ光文社古典新訳文庫で,同じ訳者(東京外国語大学学長の亀山郁夫さん)による「罪と罰」の刊行が始まりました。「罪と罰」を読んだのはたぶん20年くらい前で,内容もほとんど忘れてしまっていましたが,これを機会に新訳を読んでみることにしました。

ほとんど初読みたいなものですし,ロシア文学やドストエフスキーに詳しいわけでもない一般人の感想としては「確かに読みやすい(ような気がする)。それでもかなり大変ではあるけど,2回読むとずいぶんクリアになる」と感じました。1巻は原著の第1部と第2部,主人公のラスコーリニコフが高利貸しの老女を殺すまでと,マルメラードフの死までが描かれます。例によって異様に饒舌で,行動を計りがたい人たちが登場するので,人を覚えるのは,呼び名などをかなり統一させた本書であってもやはり大変。どうしても「この人どこかででてきたっけ」というところが出てきます。2回読むとそのあたりがすっきりして全体像が見えてきます。ストーリー自体はラスコーリニコフを中心に時系列で進んでいるので,パラレルに行きつ戻りつするカラマーゾフと比べると,素直です。

2回読んですっきりしたところの例として警察署の事務官「ザメートフ」があります。ザメートフはラスコーリニコフが警察署に行く場面(224ページ)に「この事務官にはひどく興味をそそられた」と名前なしで登場し,ポマードで撫で付けた頭など,容姿の詳しい描写はあるものの警察署のエピソードの間は名前が出てきません。その次にはラズミーヒンとの会話の中で「ここの警察署の事務官をしているアレクサンドル・ザメートフという男とも知り合いになった」とあっさり触れられます。会話中ではその後295ページに登場してここでラズミーヒンが彼を絶賛することで,急に話の中における重みがまします。

そして本格的に再登場するのは「水晶宮」に行く378ページ。「あのときと同じ格好で…」となるわけですが,最初に読んだときは「これはだれだっけ,あのときっていつだ?」と思ってしまいました。

レベジャートニコフなども冒頭でちらっと言及されただけで,後から登場しますが,たいていどこでどう言及されたかは忘れています。読み直しをすると,「この人あとからここで出てくるんだ」と思いながら把握できるので,より小説の構造が見えやすくなります。それで,本訳のすっきり具合もより見えてきます。

というわけで久々に読む罪と罰,やっぱりこれだけ骨格がしっかりした小説を読むのは楽しいです。続きも楽しみ。

Date: 2008/1125 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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どうにもならないほど長いタイトルだが原題は「The Billionaire's Vinegar」,億万長者のヴィネガーといったものだ。これじゃあなんだか分からないよということで,このタイトルになったのだろう。“ジェファーソン”,“世界一高いワイン”といったキーワードにサブタイトルまで付けて,ちょっとやり過ぎ感はあるが「酔えない事情」とまとめた辺りはいいと思う。

ジェファーソンとは米国第3代大統領トーマス・ジェファーソン。ワイン界ではホワイトハウスの地下にワインセラーを築き,2万本ものワインを購入した人として知られている。このジェファーソンが購入して頭文字の刻印を入れたというワインが本書のテーマ。1985年12月,このワイン「1787年のラフィット」はマイケル・ブロードベント率いるクリスティーズのオークションで10万5000ポンド,約3000万円という価格でフォーブズ家によって落札された。今なお,一番高いワインという称号を維持している。

話が怪しくなるのはここからだ。1本限りかと思われたジェファーソン・ボトルは,最初にこれを発見したというドイツ人のコレクター,ハーディ・ローデンストックによって次から次へとオークションに出されていく。また,トーマス・ジェファーソンの研究をしているモンティチェロからは,ボトルの真贋について疑義が呈される。

さらに,スノビズムの極致とも言える,コレクターによる大テイスティング会やパーカーやジャンシス・ロビンソンといった評論家がこれに絡むことにより,話は醜悪さを増していく。

事実は小説より奇なりというが,本書における「事実」はどこにあるのか。少なくとも「現実」は奇怪そのものである。

本書は丹念な取材によって,この複雑怪奇な話をしっかりとまとめ上げている。ワイン好きにとっては興味深い本だろう。ただ,ワインが嫌いな人に読ませたら,ワイン好きへの偏見を持つことになりそうだ。ジェファーソン・ボトルと同様,取り扱い注意の本である。

Date: 2008/1114 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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第44代米国大統領になるバラク・オバマ氏の自伝。とはいえ本書が書かれたのは1990年代前半。描かれているのは1961年に氏が生まれてから1988年に初めてケニアを訪れるまでだ。大統領はおろか,議員にも弁護士にもなる前の青春時代のバラク・オバマであり,本書の基調をなすのは自分探し,父親探しの旅だ。

今の彼を見ると,若き成功者に見えるが,本書を読むとアイデンティティを確立するのに悩んでいたことがよく分かる。アフリカ系アメリカ人とはいえ,奴隷の末裔ではなく,父親はケニアからの留学生,母親はカンザス州出身の中産階級の白人。父親は小さいときに離婚してケニヤに帰国。母親と母方の祖父母という白人家庭に育てられている。

わずか40数年前であるが,氏が生まれたのは米国で公民権運動が盛んだった時期。つまり,黒人はバスに乗れないなど実質的な差別を数多く受けていた時代である。したがって,生い立ちにも差別との出会いが重要なテーマになっている。また,祖父母には「バス停で黒人にお金をせびられて怖い思いをした」といった具合に差別主義ではないものの,白人の立場からの黒人との体験がある。黒人であること,何が差別で何が差別でないかなど,その青春時代は黒人としてのアイデンティティを模索する日々であった。

そして,その次にやってくるのがほとんどあったことがない父親の問題だ。彼にとって父親はケニアにおけるエリートであり,一種のヒーローだったのだが,次第に父親の苦悩や没落についても知るようになり,自身の中での父親の位置付けに苦慮するようになる。本書の最終章でありクライマックスになるケニア編では,ついにケニアを訪れたことにより,自分探し父親探しの旅を完結させることが描かれる。

バラク・オバマの演説のうまさにヒトラーになぞらえる人もいるが,本書を読めば,彼がどのように,考え悩んだ上に今の境地にたどり着いたのかが想像できるような気がする。その姿はヒトラーとはほど遠い。

最後に,dan kogai氏も書いているように,邦題の「マイ・ドリーム」はよくない。原題のDreams from My Fatherの方がはるかに内容にあっている。また,氏がDreamという言葉を使うとき,やはりそこにはキング牧師の「I have a dream」がどこかで奏でられているような気がする。

Date: 2008/1028 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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人気の翻訳家,鴻巣友季子さんが書いたワインと文学の本。著者にはこれまでも「翻訳のココロ」という翻訳についての思索をまとめた好著があるが,本著では創作と翻訳の間の尽きせぬ思いをワインに絡めて綴っている。元々文芸誌「文學界」に連載しているコラム26本をまとめたものであり,著者の翻訳以外のものでは一番文芸的な香りが高い。ワインと文学両方に興味がある私にとっては非常におもしろく読めたが,どちらかだけだとちょっと話に付いていけないところがあるかもしれない。

シックな装丁は結構凝っておりカラーページを挟み込むという贅沢もしている。1500円という価格の割には薄い本だが,高級感があるので損をした気はしない。まあ,そもそも本の価値を重さや文字数で量っても意味がないだろう。大事なのは内容だ。そちらは太鼓判を押そう。

本書に次のような一節がある。
読書の愉しみには、一心に読みふけるものとは別に、ときおりページから顔をあげ考えごとなどしながら読み進めるものもある。読書が中断するのは、本がつまらなくて気が逸れるのではなく、その面白さに触発されて「思いつきや刺激や連想の波が押し寄せて」くるからで、これも熱心な読書のひとつだ。

書籍によっても考えごとを引き起こしやすいタイプのものとそうでないものがある。例えば,手に汗握るミステリーを読んでいるときには他の事は何も考えられないだろう。ロバート・パーカーのレビューなんかもあまり連想には向かないような気がする。その点,本書は考えごと誘発度が極めて高く,それが一番の魅力になっているように思える。それぞれの話自体が連想で成り立っており,そこから自分自身の連想へと,どんどん連想が沸いてきて,一編を読む間にさまざまなことを考えてしまう。例えばシャンパーニュの話からベストセラーの話に移っていき,「カラマーゾフの兄弟」のように長いベストセラーがまた急に売れ出す話を読みながら,昨年のカレラの人気を思い出したりといった具合だ。

このように連想を掻き立てる力があるのは,おそらく本書の抑えた筆致によるものだろう。特にワインについては説明しすぎることなく,ワインから生まれた連想を文学に結びつけたり,逆に文学からの連想をワインに結びつけたりする。その動きに自分自身も観応してしまうのだと思う。ワインについて書きすぎないことによって,逆にワインについて読者が自由に思いを馳せられるのだ。

食後に飲むハーフボトルのデザートワインのように,小さくても味わい深い作品である。


Date: 2008/1014 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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平易な訳文で評判になった光文社古典新訳文庫の「カラマーゾフの兄弟」をようやく読み終わりました。もともと重厚長大な小説は大好きであり,ドストエフスキーの大作小説群も,大体は読んでいたのですが,なぜかカラマーゾフは今回読むのが初めて。堪能しました。

ロシア文学に詳しい方にとっては今回の新訳には異論もいろいろあるのだろうと思いますが,いつも名前だけでも読むのに苦労する(一人の呼び名が様々に変化するのでだれがだれだかわからなくなる)ことを考えると,これだけすらすら読めるようにした訳者の努力は称えられるものだと思います。もの足りなく感じる人は他の訳でも読めるのだし。

さて,肝心の小説ですが,いかにもドストエフスキー的なあくの強いエキセントリックな登場人物がこれでもかというほどに登場します。若干狂言回し的な役割を与えられているのは末っ子のアリョーシャですが,彼は逆に積極的には何もしないことによって物語を動かしていきます。発散気味のところもいくつかありますが,それは本来ドストエフスキーが,この続編となる「第2の小説」を書く予定であり,そこで埋められるべきものだったのでしょう。

頭をかき乱されるような様々なことが起こる前半の後,話は殺人事件へと収束していきます。第3巻では長兄ドミートリイの話を中心に,不安から混乱,そして事件へと向かっていき,第4巻ではその裁判が話の中心になります。

まあ,この小説について何を書いたら伝わるのか僕にはよく分かりませんが,前半つまらないと思っても我慢して3巻まで来たら,後は勢いが付くと思います。そして,エピローグと同巻に収められた訳者の解説を読むと,もう一回最初から読みたくなるでしょう。

次に読み返すのがいつになるかは分かりませんが,とにかく繰り返し読みたくなる偉大な小説のひとつだと思います。特に,もしこれまでドストエフスキーを敬遠してきた人にはぜひ読んでほしいと思います。

Date: 2008/1001 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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これまた久しぶりに読書話です。

このところ,若手女性作家の小説を多く読んでいます。きっかけは小説をあまり読んだことがなかった子供に読ませるものを探すため。「中学受験用」というと重松清が一番人気のようですが,どうも読んでいてあまり面白くない(商売上手だなあとは思う)。

文章がきれいだったり,シチュエーションが女の子向きだったりするといったことを考えると自然に女性作家のものが多くなってしまいました。

さて,表題に挙げた二人の作家ですが,どちらも2006年に「風」がタイトルに入る小説を書いています。三浦しをんが「風が強く吹いている」,佐藤多佳子が「一瞬の風になれ」。前者が箱根駅伝,後者が短距離走と立場は違えどどちらも走ることがテーマになっています。


この二人,かなり対照的なのですが,不思議に似たようなテーマのものを書いています。古典芸能を題材にした「仏果を得ず」と「しゃべれどもしゃべれども」,高校生を題材にした「秘密の花園」「黄色い目の魚」。

というわけで,二人を比べてみようというのが,この企画です。

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Date: 2008/0806 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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ワインの雑学をクイズ仕立てにした本です。筆者の葉山考太郎氏は軽い書き口が持ち味ですが,そのスタイルとうまく合っており,これまで氏の本は立ち読みで済ませてきた(「パリスの審判」を除く)私も思わず買ってしまいました。

クイズの内容は,まともです。シャンパーニュ系のクイズが多いのは氏の好みからだと思いますが,カリフォルニアのクイズもところどころにでてきており「忘れているわけではない」とアピールしているかのようです(笑)。入門編でもいきなり「1本のワインは何房のブドウでできる?」と結構難問(僕はこの問題,間違えました)。「師範級」ではパリ試飲会で赤白の二位はそれぞれ何という問題もあります(これも分かりませんでした)。

軽く読めるし,ワイン会のときのうんちくネタ(周りの人が読んでないときに限る)にもなります。退屈なワイン入門書を買うよりよほど役に立つでしょう。欲を言えば税込み1470円なんていう半端な額でなく1500円にしてくれたら,Amazonも楽天も送料無料になるのですが。講談社さんにはネット時代値付けをもっと考えてもらいたいものです。


Date: 2008/0405 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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「ナパヴァレーのワイン休日」という本が出ました。著者は濱本純さんという人。大手広告代理店を退社後,ナパにオフィスを構えてナパヴァレー文化の日本への紹介に尽力されているそうです。

本の内容はガイドブック的ではなく,ナパのライフスタイルを中心にしたもの。ああ,こんな暮らしをしてみたいなあと思うような話が,美しい写真と共につづられます。現地の雰囲気が分かるということではよく書けています。現地に行く前に読んでいくと,向こうでの過ごし方が大分変わるのではないかと思います。ただし,ワイナリの情報はあまり多くないので,弊サイトなどを参考にしていただけたらと思います。

1つだけ間違いを指摘しておきます。「パリスの審判」の書籍を元に映画「Bottle Shock」が作られたと書いてありますが,パリスの審判がChateau Montelenaからパリ・テイスティングの成功を元に独立してGrgich Hillsを作ったMike Grgich氏を中心としているのに対し,Bottle ShockはMontelenaのJim Barrett/Bo Barrettを中心にした別のものです。パリスの審判を元にした映画は別途作られる予定なのでお間違いなく。


Date: 2008/0130 Category: 読書感想
Posted by: Andy
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最近では星新一の伝記で話題を呼んだ最相葉月さんの本です。平成14年の東京大学応援部を舞台にしたノンフィクションです。

ノンフィクションなのにタイトルには「物語」。筆者はその理由を明記していませんが,私はこれが応援部という一種の“おとぎの国”の話だからなのだろうと思います。体育会でありながら,他者の応援という間接的な形でしかスポーツにかかわれない応援部はそもそもの成り立ちが微妙な上に,東京大学においては勝利という形で報われることがほとんどないため,「応援」そのものの美学を追求せざるを得ない立場にあります。

そして,事実は小説より奇なりといいますが,この年の応援部も,筆者のために作ったかのようにドラマチックです(もちろんそんなことあるはずもありませんが)。

ネタばれになるので,これ以上は書きませんが,僕はこの本を読んで不覚にも涙が止まらなくなりました(しかも電車の中で!)。

スポーツ物が好きな人ならはまれると思います。

なお,単行本と2007年に出た文庫本がありますが,文庫本にはおとぎの国のその後についても報告があるそうです。どうやら本当に,おとぎの国になってしまったらしい。登場人物の写真を使った単行本と,かわいい絵になってしまった文庫本との落差もそのあたりにあるのでしょう。