どうにもならないほど長いタイトルだが原題は「The Billionaire's Vinegar」,億万長者のヴィネガーといったものだ。これじゃあなんだか分からないよということで,このタイトルになったのだろう。“ジェファーソン”,“世界一高いワイン”といったキーワードにサブタイトルまで付けて,ちょっとやり過ぎ感はあるが「酔えない事情」とまとめた辺りはいいと思う。

ジェファーソンとは米国第3代大統領トーマス・ジェファーソン。ワイン界ではホワイトハウスの地下にワインセラーを築き,2万本ものワインを購入した人として知られている。このジェファーソンが購入して頭文字の刻印を入れたというワインが本書のテーマ。1985年12月,このワイン「1787年のラフィット」はマイケル・ブロードベント率いるクリスティーズのオークションで10万5000ポンド,約3000万円という価格でフォーブズ家によって落札された。今なお,一番高いワインという称号を維持している。

話が怪しくなるのはここからだ。1本限りかと思われたジェファーソン・ボトルは,最初にこれを発見したというドイツ人のコレクター,ハーディ・ローデンストックによって次から次へとオークションに出されていく。また,トーマス・ジェファーソンの研究をしているモンティチェロからは,ボトルの真贋について疑義が呈される。

さらに,スノビズムの極致とも言える,コレクターによる大テイスティング会やパーカーやジャンシス・ロビンソンといった評論家がこれに絡むことにより,話は醜悪さを増していく。

事実は小説より奇なりというが,本書における「事実」はどこにあるのか。少なくとも「現実」は奇怪そのものである。

本書は丹念な取材によって,この複雑怪奇な話をしっかりとまとめ上げている。ワイン好きにとっては興味深い本だろう。ただ,ワインが嫌いな人に読ませたら,ワイン好きへの偏見を持つことになりそうだ。ジェファーソン・ボトルと同様,取り扱い注意の本である。