前回の続きです。10年前の記事をそのまま掲載します。



前編を書いてから,もうお二方アンケートの返事があり,「最初は苦手だった」派が一人増えた。16人中6人である。

今回は,アンケートから面白かったものを紹介する予定だったが,その前に私自身のPinot体験を白状しようとしたら長くなりすぎたので,急遽これは中編とする。

トラウマ

私がカリフォルニア・ワインに目覚めたのは1996年に4カ月ほど出張で滞在したときであり,Pinotも多分そのときにはじめて飲んだはずであるが,最初が何だったかは実はよく覚えていない。スーパーで10ドル以下のものをもっぱら買って飲んでいたが,その中にPinotもいくつかはあったはずである。当時はPinotのイチゴのような「可愛らしい味わい」が選ぶ理由になっていたと思うが,気になる存在ではあったものの特別好きというわけではなかった。一つ,印象に残ったのはMontereyのレストランで飲んだMorganというワイナリのPinot。これは当時としてはおいしく感じたPinotだった。

そのとき,帰国前にワイン・ショップ(Santa ClaraのThe Wine Club)にワインを買いにいき,Pinotのお勧めを店員にたずねた。説明によると「Pinotにはブルゴーニュっぽい複雑な味のものと,単純で可愛らしい味のものと大きく2種類ある。残念ながらカリフォルニアには複雑なものはあまりない」ということだった。そのときには,カリフォルニアとしては複雑なものとしてDavid Bruce(多分Russian River Valley),単純なものとしてAriesというワイナリのものを買った。これらの味わいもあまり覚えていないが,David Bruceの方が好きだったのは確かである。

The Wine Clubの店員の話を聞いた結果,私の中には「自分は本当のPinotの味を知らないのだろう」ということがトラウマとして残ってしまった。日本に帰ってからは本を読んで勉強したりといった,人並みのこともしており,本当のブルゴーニュの味わいとはどんなものだろう,と思いを馳せたりしていたのである。

そういった本の中の記述で,特に気になったのが「ビロードのような舌触り」であった。なにやら艶かしい雰囲気さえ漂わすこのフレーズが,一体どういうものなのか。

衝撃

それを知る機会は意外なところでやってきた。97年9月,カリフォルニアに住んでいる友人が一時帰国したとき,パーティをすることになり,ワインを2本買っていった。1本は実はボルドーだったのだが,もう1本がRobert MondaviのPinot Noir Reserve 94だった。このMondaviは衝撃的だった。隣にいたワイン好きの友人も一口飲んで「わぁ」と叫んだくらいである。まさにビロードのような舌触り,蕩けるような芳香。それから後のことはあまり覚えていない。その魔力に魅せられたかのようにグラスを重ね,前後不覚に陥ってしまったのである。

その後,同じワインを飲む機会があったが,おいしいことはおいしかったのだが,最初のような衝撃はなかった。たまたまいいボトルだったのかどうかは今ではわからない。また,結局ブルゴーニュは知らないままになってしまったのだが,一応付け加えると当時1万円くらいという私にとっては高価なブルゴーニュのPinotも買ったことがある。それもおいしかったが,私的にはMondaviを超えるものではなかったので,ブルゴーニュ探求はまったく行わなかったのである(今から考えると実に賢明である,笑)。

ワイナリにて

98年にカリフォルニアに行ってからもPinotはもちろん飲んでいたが,その中で印象に残ったのがCalera Selleck 1987。初めて飲んだ10年以上経ったPinotであった。このほかABCはSanta Maria Valleyを一度買ったが薄くて飲めたものではなかった。Saintsburyの普通のPinotも薄酸っぱくて合わなかった。いいPinotは本数が少なく,カリフォルニアでもなかなかショップでは見つからず,Mondaviを超える経験はないという時期が続いた。ただ,カリフォルニアの料理にはCabernet SauvignonよりPinotの方が合いやすいと思っているため,レストランなどではPinotを頼むことが多かった。

その停滞状況が変わったのは,ワイナリに通いはじめてからである。例えばDavid BruceやRochioliである。特にSaintsburyで飲んだReserveのPinotは,久々にグラスが止まらなくなるものであった。また,帰国の少し前に行ったCaleraではJosh Jensen氏じきじきに案内をしてもらい,ワインを開けてもらった。そこで飲んだJensen 96もうっとりするような味わいであった。このあたりのワインが私の基本的なPinot感を形成していると思う。

今から考えると,やはり大きかったのはMondaviの体験である。ほかのブドウ品種,例えばCabernet SauvignonやChardonnayなどは,数を積み重ねることでCabernet感,Chardonnay感を形成して行けるような気がするが,Pinotの場合は他の人の報告を見ても,こういった衝撃的な体験がPinot感の形成において大きな役割を持っているような気がする。そう思いませんか,マダム。