SFクロニクルに興味深いワイナリーのストーリーが掲載されていたので紹介します(Dirty & Rowdy’s Unfamiliar Mourvedre is a wine that reflects a family’s tragedy — and attempts to heal it - SFChronicle.com)。

ダーティ・アンド・ラウディ(Dirty & Rowdy)はナパにあるムールヴェードルを得意とするワイナリーです。特に自然派と名乗っているわけではありませんが、天然酵母でSO2の使用は最小限などいわゆる自然派の作りで、自然派のワインショップなどで主に売られています。

ダーティ・アンド・ラウディ

このワイナリーが悲劇に見舞われたのが2017年のことでした。発端はワインメーカーのハーディ・ウォレスがモントレーのブロソー・ヴィンヤードに畑の様子を見に行った帰り道のドライブ中に起こりました。

猛烈な目の乾きを感じ、薬局で目薬を買うも改善せず、家に着く頃にはほとんど目が見えなくなってしまいました。

急いで病院にいったところ、角膜が帯状疱疹のようなウイルスに冒されているとのこと。有効な手当はなく、医者からのアドバイスは「時間が経ってウイルスが抜けるのを待ちなさい」でした。

折しも、9月の頭で天気予報では熱波が来ることが予想されていました。ワインメーカーにとっては多少未熟でも熱波の前に収穫してしまうか、我慢して熱波が過ぎ去るのを待つか、難しい選択肢が迫っていました。しかし、ほとんど何も見えない状態ではブドウの状況も分かりません。

さらに、ウイルスが脊髄に達し、ウォレスは完全に視力を失ってしまいました。

そこで、彼を手伝いにくると、オレゴンに日蝕の観察にきていた妻の兄弟が申し出てくれました。彼の到着を心待ちにしていたウォレスですが、待てど暮せど着きません。実はオレゴンから南下の途中、交通事故で亡くなってしまっていたのでした。

近隣の人たちの助けを受け、何とかその年の醸造を進め、10月に入ると視力も少しずつ戻ってきました。妻と娘が東海岸で行われた兄弟の葬儀から戻った日、次の惨事が訪れました。ナパやソノマを中心に多大な被害をもたらした山火事です。

ウォレスの家やワイナリーは直接の被害を免れましたが、まる一週間、ホテル住まいを余儀なくされました。

そしてやっとワイナリーに戻ってみると、醸造途中のワインはどれも発酵が途中で止まってしまっていました。揮発酸のレベルも異常に上がり、異臭が漂っていました。

どうしようもない状況ですが、小さなワイナリーにとって1年分のワインを諦めてしまうことは、経済的に無理です。

そこでウォレスは決断しました。「自然派の作りは忘れて、とにかく飲めるものを作ろう」と。

そこで、彼は培養酵母を足して発酵を再開させ、揮発酸を除くために逆浸透膜法を使い、フィルターも使ってなんとか飲めるレベルのものに仕立て直しました。

ワインのリリース時になりました。いつもはダーティ・アンド・ラウディのワインは「ファミリア」と名付けるのですが、今回は「アンファミリア」としました。価格も従来より10ドル安い23ドル。1ケースあたり20ドルの損失です。

結果、ワインは売れました。まだ流通やレストランにはありますがワイナリーの在庫はなくなりました。価格を下げたことで、レストランのグラスワインに使ってもらえるという副産物もありました。

儲けはありませんが、宣伝効果は十分にありました。「このワインにはなくなった弟のアンガスの命が吹きこまれている」とウォレスは語りました。