ナパのカーネロスにあるトルシャード(Truchard)のオーナーであるアンソニー・トルシャードが来日し、ディナーに参加してきました。トルシャードはちょうど1年前にナパに行ったときに最初に訪問したワイナリーであり、アンソニーとも1年ぶりの再会です。


ディナーの場所は恵比寿の「ロウリーズ ザ・プライムリブ」です。この日のために、普段は使わないタケノコなどの食材もわざわざ用意して、トルシャードのワインに合わせた料理を提供いただきました。

トルシャードの概要を説明します。

トルシャード家は19世紀末にフランスから米国に移住してきました。フランスではワインを作っていたようですが、フィロキセラ禍をきっかけに米国に来たようです。米国でもワイン造りを志しましたが、最初に移住した先はテキサスで、気温も湿度も高く、ブドウ栽培には失敗して農業をやっていました。

アンソニーの父のトニーは陸軍の軍医としてカリフォルニアでも働き、家族の伝統であるブドウ造りをまたカリフォルニアで始めたいと移住してきました。当時はまだほとんど畑がなかった冷涼なカーネロスに地所を買い、ブドウ造りを始めました。今ではナパの家族経営のワイナリーとしてかなり大きな260エーカーの畑をほじしています。

トルシャードは栽培専門として始まり、今でも8割のブドウは他のワイナリーに売却しています。シェーファーやダックホーン、ファー・ニエンテと言った有名ワイナリーも顧客に入っています。「トルシャードのワインだと思っていなくてもトルシャードのブドウを使ったワインを飲んでいる」と思うよとアンソニー。

トルシャードは1988年にワイナリーを始めましたが、今でもブドウの8割は他のワイナリーに売っています。また自社のワインはすべてカーネロスの自社畑のブドウを使っている「エステート」のワイナリーです。

実はナパでは北にいくほど降水量が多く、カーネロスは一番雨が少ないところ。かつてはブドウ栽培が無理ではないかと思われていたほどでした。トルシャードではため池を作って冬場の雨を溜めることで、栽培に必要な水を確保しています。




最初に飲んだのはソーヴィニヨン・ブラン2021。これは「シェパード」というブランド名になっています。カーネロスはスペイン語の「羊」であり、元々牧羊の盛んなところ。そこで「羊飼い」を意味するシェパードというブランド名を使っているそうです。ソーヴィニヨン・ブランは父親のトニーの好きなワイン。トニーは今は85歳になったそうですが、今も畑に出て働いており、夕方家でソーヴィニヨン・ブランを飲むのを楽しみにしているそうです。夕方5時くらいになると近所の人も来て一緒にソーヴィニヨン・ブランを飲んでいるとか。

ライムやマイヤーレモンなど柔らかな柑橘系の香り。ほどよい酸味にミッドパレットのボリューム感もありナパらしさのあるソーヴィニヨン・ブランです。毎日飲みたい気持ちも分かります。

ちなみにアンソニーが好きなワインはルーサンヌ。トルシャードのルーサンヌは私もすごく好きですが、生産量が少なく日本にもわずかしか入っていないため、今回のディナーには登場しませんでした。


オイスターの香草焼きと、オイスターと高知産のトマトジュース。トマトジュースの方が特にソーヴィニヨン・ブランに合いました。香草焼きはパン粉の香ばしさと火を入れたオイスターのジューシー感が次のシャルドネとベストマッチ。

2番目のワインはシャルドネ2022。トルシャードの看板的なワインでもあります。昨年訪問したときに、母親のジョアンが「トルシャードはTrue Chard。本物のシャルドネなのです」とジョークを言っていたのを思い出しました。カリフォルニアらしいリッチさと冷涼な酸のバランスを大事にしているといいます。樽発酵樽熟成で、新樽を3割くらい使っています。マロラクティック発酵も控えめ。
柑橘に白桃の柔らかさが加わった味わい。ほどよい樽感とミネラル感もあります。

トルシャードのシャルドネは私のナパの講座でも使いましたが、ほんとよくできていて美味しいシャルドネです。


料理はカツオのカルパッチョ。カツオも普段はロウリーズで提供していない素材です。

三つ目のワインはピノ・ノワール2020。2020年は山火事の煙の影響で、ナパの多くのワイナリーが赤ワインを諦めましたが、カーネロスは山火事の地域から離れていて比較的影響が少なく、火事の時期もピノ・ノワールの収穫よりは遅かったので、問題なく作られています。

トルシャードのピノ・ノワールはやわらかな味わい。やや濃いめのフルーツで、赤系もイチゴというよりはザクロの味わい。黒系の果実もあります。優しい酸で寄り添ってくれるピノ・ノワール。

次の料理は鴨のローストと季節の野菜のスープ。ビーフコンソメ。写真を撮り忘れていました。次のジンファンデルに合わせた料理とのことでしたが、鴨ですからピノにももちろん合います。

四つ目のワインはジンファンデル2020。涼しいカーネロスでジンファンデルを作っているという意外性もトルシャードの面白いところです。そしてこのジンファンデルが美味しいのです。
2020年は前述のように山火事の問題があり、ジンファンデルの収穫は火事よりも遅く、難しい判断を強いられました。火事を除いては比較的温暖な年であり、カーネロスのジンファンデルとしては結果的にはしっかりしたいいワインになりました。
ジンファンデルらしい甘やかさもあり、赤果実とシナモンなどのスパイスの風味が広がります。冷涼地区だけに酸もほどよくありバランスよく美味しいジンファンデルです。



ロウリーズに来たらプライムリブを食べないわけにはいきません。今回は付け合わせに春の野菜やキノコが入っているのがユニークです。

ワインはカベルネ・ソーヴィニョン2020。冷涼なカーネロスでカベルネ・ソーヴィニヨンを育てるのはチャレンジングで、比較的気温の高い、南向き斜面のブロックに植えています。カベルネ・ソーヴィニヨンのほか、プティ・ヴェルド、カベルネ・フラン、マルベックをブレンドしてストラクチャーを出しています。冷涼カベルネだけあって、少し青さもあります。多くの人がイメージするナパのカベルネとは一線を画した涼しさのあるカベルネ・ソーヴィニヨンです。


最後にもう一つスペシャルなカベルネ・ソーヴィニヨンです。Cave Blockという特別なブロックのカベルネ・ソーヴィニヨン2021。トルシャードのワイナリーのケーヴの上にあるブロックです。通常のカベルネ・ソーヴィニョンよりも黒果実の風味が強く、ミントやハーブのニュアンスあります。きれいでエレガント。これもナパっぽくはないですが、非常に素晴らしいエレガント系カベルネです。今回のプライムリブの付け合わせの春野菜の天ぷらなどといい相性でした。これは日本食にもよく合いそう。



ナパのワインというと果実味が爆発するような味わいを想像する人が多いと思います。トルシャードはもちろん果実味もありますが、どのワインもエレガントさもあり、一方で繊細すぎるわけでもなく優しい味わいのワインを作っています。日本食にも合わせやすいので、ぜひ試してほしいワインです。