Bond2021年の水平テイスティング
ナパのハーラン・ファミリーには、大きく3つの柱のブランドがあります。その中でも特殊な立ち位置にあるのがボンド(Bond)です。残りの二つ、ハーラン・エステートとプロモントリーはどちらも自社の単一畑から、その名のワインを生み出しています。それに対してボンドは、自社畑ではなく5つの契約畑からカベルネ・ソーヴィニョン100%の5つのワインを造っています。
今回は、ボンドのマックス・カースト支配人が来日し、マスタークラスで五つの畑のワイン、およびセカンドのメイトリアーク(Matriarch)の2021年を水平テイスティングしました。
ハーラン・エステートおよびボンドの誕生は、ハーランの創設者であるビル・ハーランと、カリフォルニアワインの父と言われるロバート・モンダヴィとの結びつきによるものです。1980年代に、ロバート・モンダヴィは世界最高の産地を勉強するという目的でビル・ハーランらとボルドーとブルゴーニュにツアーに行きました。ボルドーでは1級シャトーをめぐり、100年以上同じ家族が経営していることに感銘を受けて、ビル・ハーランはハーラン・エステートのコンセプトである家族経営で200年かけて超一流ワイナリーを築き上げるという「200年プラン」を書きました。現在はその41年目にあたります。
一方、ブルゴーニュではグラン・クリュの畑を試飲して、同じ品種なのにテロワールによって味が異なることや、斜面の中腹の畑が最高のブドウを生み出すことを学びました。当時のナパの畑は、いわゆるヴァレーフロアの平地の畑がほとんどで、それ以外には山の上にいくつかの畑があるくらいでした。そこで、斜面の畑をナパ中から探し回って「グラン・クリュ」となる畑を見つけたのがボンドです。つまり、ボルドーのコンセプトからハーラン・エステートが生まれ、ブルゴーニュのコンセプトからボンドが生まれたのです。
ちなみに、以前ビル・ハーランから伺った話ではボンドの畑を選ぶために70もの畑と契約してワインを実際に造ってみて、最終的に使う畑を決めていったそうです。ボンドで実際にワインを造り始めるまで12年もかけて畑を選んでいったといいます。なお、Bondという名前はビル・ハーランの母親の旧姓です(初耳でした)。セカンドのMatriarch(メイトリアーク)は女主人という意味です。

こうして1996年に最初に選ばれた畑がVecina(ヴァシーナ)とMelbury(メルバリー)でした。(最初のヴィンテージは1999年)。その後、2001年のヴィンテージからSt. Eden(セント・エデン)、2003年からPluribus(プルリバス)、2006年からQuella(クエラ)が加わっています。計画では最終的に6つのグラン・クリュを選ぶとしていて、マックス・カースト支配人によると、残り一つがいつになるかはまだ分からないとのこと。
実は1年前に現オーナーのウィル・ハーランが来日したときに、ボンドの6つめの畑について聞いてみたことがあるのですが、そのときは「もうじき(soon)」と言っていました。それをマックスさんにぶつけてみたところ「ウィルはその質問にはもうじきと答えるんだけど、そのもうじきが、1年なのか20年なのかは分からないんだよね」ということでした。マックスさんやワインメーカーのコーリー・エンプティングはまだしばらくかかりそうという印象を持っているそうですが、本当にすぐに決まる可能性がないとも言えないようです。前述のように、Bondを立ち上げるときにも10年以上のリサーチ期間があったわけなので、ハーラン家にとっては10年くらいは「もうじき」なのかもしれません。
前述のように、ボンドの畑は自社のものではなく契約畑ですが、栽培はハーラン自身で行っています。ボンドの畑の多くはハーランだけが使用していますが、ヴァシーナはオークヴィルにあるヴァイン・ヒル・ランチ(Vine Hill Ranch)の畑。ハーランはここの一番山寄りのブロックを専用で使っており、ここも自社で栽培しています。
ハーラン/ボンドの品質を支えているのが栽培チームです。栽培は外部の会社を使うワイナリーも多い中で、ハーランの栽培チームは社員として働いています。ヴァインマスターというプログラムがあり、試験を受けて4段階昇進していく仕組みになっています。最後の試験に通ると、一人当たり1.5ヘクタールほどのブロックをすべて責任を持って管理することになります。その知識は、担当のブロックの樹の性質や状況などをすべて説明できるレベルで、隣の樹との違いや、冬季のブドウを見てもどこにブドウの房ができるかを言えるとのこと。まるで盆栽のように樹の手入れをするとも言われています。ファーミングというよりガーデニングだともいいます。こういったことから、マックス・カーストさんはテロワールという言葉を人と土地とのコネクションだと考えているそうです。
写真が緑がかっているのは撮影した角度の関係です。
ボンドの醸造設備はオークヴィルのハーラン・エステートの近辺の山の中にあります。ファンシーさやゴージャスさはなく、醸造に徹した質実剛健なワイナリーです。どのワインにも共通するプログラムとしては、天然酵母で発酵し、28カ月新樽と旧樽を合わせて熟成、ボトル詰めしてからさらに1年間熟成させて出荷します。収穫から出荷まで4年というのはナパの標準より1年程度長くなっています。ただ栽培と同じように、細かいトリートメントについては畑やヴィンテージなどブドウの状態で調整をしています。
今回は2021年のワインですが、近年のヴィンテージをおさらいすると、2019年は冬にたっぷり雨が降った年。気温もマイルドで、前年の2018年と並んで非常にいいヴィンテージと言われています。2020年は9月の山火事の影響が大きく、赤ワインを造らなかったワイナリーもたくさんあります。ただ、比較的高温が早くから続いたことから、ハーランやボンドでは山火事の前に収穫が済んでいました。結果として非常にエレガントなスタイルになりました。そして2021年は干ばつの2年目で冬の間に200ミリ程度しか雨が降りませんでした(カリフォルニアは冬が雨季で、大半の雨は冬に降ります)。そのため、果実が小さく皮が厚くなり、パワフルなワインになったそうです。
ボンドで特徴的なのはそのラベルです。ラベルには畑の名前と、畑をイメージした色が塗られた円が描かれています。それ以外はどのワインも同じで、ブドウの品種名や畑のAVAは書かれておらず、Napa Valley Red Wineとだけ記されています。ボンドのワインはすべてカベルネ・ソーヴィニヨン100%であり、いちいちそれを記す必要はないということだそうです。
テイスティングに移ります。
最初はセカンドワインのメイトリアーク(Matriarch)です。メイトリアークは、単一畑のワインを選んだ後に残ったワインをブレンドしたもので、単一畑ものと比べると、果実味が強く、長期熟成よりも若いうちに飲むスタイルのワインになります。
赤い果実にブルーベリー、リコリスに、少し土っぽいニュアンス。濃縮感強く、ストラクチャーしっかりで余韻の長さを感じます。ストラクチャーの強さはヴィンテージの特徴によるものでしょうか。ファーストとは違うとはいえ、非常にレベルの高いカベルネ・ソーヴィニヨンです。
クエラに進みます。クエラはセント・ヘレナの東方、ナパヴァレーを見下ろす南西向きの急斜面にある畑です。ドイツ語で「分水嶺」の意味があり、かつてはここで水が湧いていたとのこと。五つの畑の中では一番温暖ですが、できるワインはエレガントになります。表土はトゥファと呼ばれる火山灰の固まったもので、下の方は過去の川底で石がゴロゴロしています。
仕立てはダブルコルドンのVSPで、植樹した1990年代に流行っていたスタイルです。
赤い果実から青系果実の風味、タンニンはかなり強いですが非常になめらか、酸高くミネラル感があります。マックス・カーストさんは「筋肉質のバレーダンサー」とその酒質を表していました。
メルバリーはクエラ同様、ナパの東側の丘陵地です。直線距離では2kmくらいですが、10kmくらいドライブする必要があります。畑はレイク・ヘネシーの北側で、斜面の向きは東から南東になります。土壌は粘土質の岩盤に堆積土壌が積もり、石が混じります。植樹は1989年と一番古く、深くまで根が張り巡らされています。
メルバリーの畑はオーガニックで栽培され、自然のままをキープしています。耕起しない、ドライファーミングなどを実践しています。ワインメーカーのコーリー・エンプティングは福岡正信の自然農法に大きな影響を受けており、その思想を年々取り入れていっています。それによって、従来よりも2~3週間収穫が早まり、2021年は9月上旬に収穫が終わっています。
メルバリーはなめらかさやしなやかさのあるテクスチャーが特徴的。これは表土の粘土質に由来するもののようです。カベルネ・ソーヴィニヨンというよりもメルロー的なテクスチャー。赤い果実は感じず、ブルーベリーやブラックベリーのニュアンス。マックス・カーストさんは紅茶やバラの花をクラッシュした香りやシナモンなどを感じると言っていました。また、クエラとメルバリーはカベルネ・ソーヴィニヨンらしくないとも言っていました。
単一畑の三つ目はセント・エデンです。セント・エデンはオークヴィルのヴァレーフロアの東寄り、スクリーミング・イーグルから400mほど北に行ったところにあります。五つの畑の中で一番標高が低く、夜は一番寒く、昼は一番暑くなります。完熟して酸が残るのが特徴です。プリチャード・ヒルから落ちてきた火山性の赤い土壌が特徴です。
セント・エデンはやや北向きの斜面になっています。この写真は三つの畑に見えますが、全部セント・エデンです。植樹したときの流行りが列の向きや剪定方法に反映されています。一番手前は1984年に植樹されておりダブルコルドンで列の向きは東西になっています。日当たりの良さを重視しています。
その上はダブルギィヨで南北の列方向になっています。その上が一番新しいセクションでまだ台木を植えた段階なのですが、ゴブレットやカリフォルニアスプロールと言われる形にしていきます。ブドウの樹の競争を促進することと、ブドウの実に日陰を作り、灌漑なしでの栽培を行うためにこの形にしています。1エーカーあたり4000本と、ナパとしてはかなりの密植です。欧州のゴブレットと違うのは、フルーツゾーンと呼ばれる果実を付ける位置は高くしていること。将来はハーランやプロモントリーもこの形になるだろうとのことです。なお、若い樹のブドウはメイトリアークには入れず、サードワインのマスコットに使われます。
完璧なカベルネ・ソーヴィニヨンがあるとしたらこのワインかなと感じました。パワフルでシルキーなタンニン、果実味と酸の高度なバランス。非の打ち所がありません。
次はヴァシーナです。前述のように畑はVine Hill Ranch。その一番山寄りのブロックをボンドが使っています。セント・エデンと同じオークヴィルの畑ですが、セント・エデンが東寄りでヴァカ山脈の火山性土壌であるのに対して、ヴァシーナはオークヴィルの西側の沖積扇状地。ドミナスやト・カロンからそれぞれ1km程度、ハーラン・エステートからも数百mという近さです。サンパブロ湾からの風が吹き抜けるため、ボンドの畑の中ではここが一番涼しくなっています。東向きの斜面で午前の日照をしっかり浴びますが、山が迫っているため午後は早くから日陰になります。
2021年に収穫は8月末から始まり9月16日に終了したとのこと。ここもゴブレット仕立てになっています。
オークヴィルの西側というと、前述のト・カロンやベクストファー・ト・カロンが代表的な畑。ハーランもそうですし、マーサズ・ヴィンヤード、ドミナスのユリシーズなど綺羅星のような畑が並びます。ヴァシーナもト・カロンに通じるような芳醇さや、ストラクチャー、ブラックペッパーやハーブの風味があります。かなりパワフルなのはヴィンテージの特徴もあると思いますが、ココア・パウダーのようなタンニンもまた心地よいワイン。個人的にはやはりオークヴィルの西側のイメージをそのまま具現化したワインだと感じており、その中でもトップクラスは間違いないでしょう。今回のセミナーでもこれが一番好きという人が多かったと思います。
五つの畑の最後がプルリバス。ナパヴァレーとソノマの間にあるマヤカマス山脈側のAVAは南からマウント・ヴィーダー、スプリング・マウンテン、ダイヤモンド・マウンテンとなっていて、プルリバスはスプリング・マウンテンにあります。マヤカマスの畑はほとんどが他の畑から隔絶されたところにあり、プルリバスも例外ではなく隣接する畑はなくレッドウッドの森に囲まれています。栽培は無灌漑。五つの畑の中では一番標高が高いところにある畑です。
杉や腐葉土、セージなどの風味に、赤い果実とブラックプラム、タンニンの強さはこれが一番感じます。酸のフレッシュさも印象的。「山カベ」と呼ばれるスタイルとして、個性的で素晴らしいワインです。個人的には五つの単一畑ワインの中でこれが一番好きでした。
最後に、2011年のプルリバスが振舞われました。2011年は冷涼な年で、ナパでは珍しくブドウが完熟しない畑もあったのですが、熟成すると非常にいいニュアンスを出してきていると言われています。
マッシュルームに腐葉土やハーブなど熟成によるアロマがあふれてきます。タンニンは2021年よりもこなれています。これも熟成によるものでしょう。きれいに熟成して美味しく飲めますが、まだ数年は熟成していくのではないかと感じました。