Science
人類はいつからブドウをワインや生食のために栽培するようになったのか。これまでは8000年ほど前に南コーカサス山脈、現在のジョージアのあたりで始まったというのが定説になっていました。ちょうど手元にあって最近読み直しているヒュー・ジョンソンの『ワイン物語』にも「ソ連のグルジア共和国」と、別の意味で歴史を感じさせる説明が載っています。

この定説を覆す研究がサイエンス誌の2023年3月号で発表されました。数ヶ月前の発表ですが、覚書の意味を含めて記しておきます。

この研究は中国の雲南農業大学など12カ国以上、89人の研究者による研究チームによるもので、栽培品種約2500と野生品種約1000のブドウのゲノムを分析することで起源を明らかにしようとしたものです。

この研究ではブドウの栽培は1万1000年前頃、南コーカサスと中東(現在のレバノン、イスラエル、シリア、ヨルダン)でほぼ同時に始まったとしています。どちらもヴィティス・ヴィニフェラの祖先にあたりヴィティス・シルヴェストリスに属していますが、氷河期前に分かれたもので、遺伝子的には明確に分離できたとのことです。

南コーカサスの方のブドウは黒海の北から欧州方向に多少広がりましたがその広がりは限定的でした。より広い地域に広がったのは中東原産のブドウでした。西ヨーロッパやアジア(ウズベキスタン、イラン、中国)にまで広がっていきました。ヨーロッパには野生の自生種もあったため、それらと交配して変化を遂げていったようです。特に、イタリアあたりでは野生種との交配による新種が現在の固有種につながっていると見られます。現在欧州で栽培されているブドウは基本的には中東原産のものから派生しているようです。例えばマスカット種は10500年前頃にトルコ辺りで生まれたと見られています。スペインのイベリア半島のブドウ種は7740年前頃に分かれたと見られます。

また、今回の研究ではワイン用の栽培の方が生食用の栽培よりも早く始まったという説も否定されています。

過去のブドウの栽培やワインの起源についての研究は、主に考古学的に行われてきました。例えば8000年前のジョージアという説はブドウの種の化石だったり、醸造に使われたカメの破片などから来ていました。今回は遺伝子によるアプローチで新たな光が照らされたと言えます。逆に言うと、ブドウの栽培やワインの醸造という文化がどう広がったかには、解答が得られていないわけであり、両方のアプローチによりまたワインの歴史がわかって来るのではないかと思います。

あと、確認ミスかもしれませんが、研究者の中に日本人らしい名前は見当たりませんでした。ちょっと残念。