ハーラン・エステート(Harlan Estate)の40周年を記念して、現当主のウィル・ハーランとワインメーカーのコーリー・エンプティングが来日、マスタークラスを開催しました。現行最新ヴィンテージの2020年を筆頭に、2013年、2011年、2002年、1995年のハーラン・エステートを垂直で試飲するという贅沢なイベントです。

今回は、中川ワイン社長の中川誠一郎の質問に答えるという形でセミナーは進みました。

――ウィルさんは、2012年にハーランに入る前にITビジネスに携わっていましたが、ワインビジネスに入った理由は何だったのでしょうか。
 若いころは自分自身で仕事をしたいと思っていた。ハーランはファミリービジネスで、そこに自分がかかわることはないと思っていた。ワインにかかわるようになったのはマスコット(The Mascot)のプロデュースがスタートだった。その後、プロモントリー(Promontory)に携わることになって、それをトップでやるときにワインの道に進むことを決心した。現在はファミリービジネスをリードすることに自分自身の役割をはっきりさせないといけないと感じている。具体的には、今の仕事を少しずつでも良くしていくということが私の大事な責任だと思っている。
 父とは密接につながっている。ハーランやボンド(Bond)のポテンシャルをしっかりと見極めていくことで意見は一致している。プロモントリーには個人的な創造性を取り入れる余地があるが、ハーランは父が築いたものを続けていくのが基本だ。

――ワイン造りは年々進歩しているが、ハーランの第一世代と違うところは何か。
 マスコット、プロモントリー、ハーラン、ボンド、それぞれアイデンティティがあり、ビジョンも持っている。それぞれのブランドにおける文化を引き継いでいくということが非常に大切なことであり、各ブランドが自分の足で立っているということが重要だ。ワイン作りは農業からスタートするので、個性の違う畑をその個性に合わせて仕事をしっかりやっていくということ、その土地の個性を引き立てていくことを大事にしている。

――2020年にマネージング・ディレクターに就任して、グループの将来についてもっともわくわくすることは?
 ワインビジネスでは40年はまだスタート地点。この土地を耕し始めた人にとっては毎年が発見だっただろう。学ぶことはたくさんあり、終わりのない旅路だと思う。畑をしっかり理解してワインを造ることが大事。生産量を増やして大きくすることは考えていない。より良くすることだけを考えている。退屈で時間がかかるが、そこに興奮し、喜びを感じている。

――ウィルさんが生まれたのが87年。ハーランの設立が84年なので生まれたときからそこで育ってきたわけです。この特別なテロワールをどう表現しますか?
 240エーカーの敷地の中で40エーカーだけがブドウ畑であり残りは森である。ナパのような暖かいエリアにおいて、森に囲まれていることはとても大事。森の要素がワインから感じられる。森の中を歩き香りを嗅ぎ、湿気とか、少し暖かさといった、その森のニュアンスがハーランに影響を及ぼしていると思っている。

――次にハーラングループ全体のワイン造りの責任者であるコーリー・エンプティングさんに伺います。コーリーさんが初代ワインメーカーのボブ・リービーさんの下で働き始めたのが2001年。それから23年で栽培技術、醸造技術はどう進歩していったのでしょうか。
 栽培管理では、とても細かいことを丁寧に掘り起こすのが大切。樹齢が高まっていくにつれて樹が語ることをしっかり見る。人の力ができるのはブドウが何をしてほしいかを細かいところまで見ていくことだ。技術自体よりも、樹とともに生きることが大切。ハーランでは80%以上は灌漑しておらず、土を掘り起こすこともしない、農薬をまくこともしない。自然のままというとおかしいが、ブドウの声を聴いて、望むものを自然に行っていこうとしている。

――コーリーさんは創業時のメンバーとも働いているし、今の若い人とも働いている。伝統と変革と、どのようにバランスを取っていますか?
 創業者がやってきたことを引き継いで、それをいかに発展させていくか。やってきたことフォローしていくことも大切だと思っている。何かすごく変化をさせるということではなく微調整をしながら進めていくことが大事だ。自分がやっていることにボブ・リービーがうーんといったときには、本当にいいのか改めて考える。指示されたようにやるのではなく考えることが大切だ。

質疑応答しながらテイスティングに移ります。新しい2020年から順に飲んでいきます。

――2020年はハーランにとって重要なヴィンテージです。どのような収穫でどのようなタイミングだったのか教えてください。
 2020年は、私が長年ワイン業界に関わってきた中で一番大変な。そして一番大切なヴィンテージだ。ハーランでは2008年から灌漑なしのドライファーミングをしており、それが有効に働いた。ハーランではヴァインマスターという畑の役割があり、それが非常に重要である。
 これはハーランが独自で作り出したマスタープログラムで、栽培管理をする人にとってしっかり勉強して栽培管理をしていくことを目指している。マスターを取ると、それがリーダーとして自分のチームを持つことができ、そして自分の与えられた区画をしっかり管理していくということになる。
 2020年は火事が2回あった。最初の火事は8月18日でナパの東。ハーランでは火事の影響はなかった。火事のあと、すぐに畑でブドウを食べたところ成熟が確認され、収穫を始めた。9月27日にグラスファイアーが始まったが、その2週前には収穫終わっていた。煙が全域に広がったため、煙の影響全くなしに収穫できたワイナリーは10以下だろう。
 結果的に2020年は従来の1か月以上前に収穫が終わった。今テイスティングして、非常にバランスがとれたハーモニーがあるワインになった。中にぎゅっと要素が詰まっていて、ワインの中には力強さをしっかり持っているワインに仕上がった。ドライファーミングで作ってきたので早い収穫であってもしっかりした味になった。
 無灌漑は元々水源を確保するのが難しいことから始めた。樹のエネルギーをいかに引き出すか。余計な水分を与えないことで、樹自身がエネルギーを出すことを期待している。冬の剪定の段階から考えていかないといけない。どれだけ芽を出すかといったところから始まる。

筆者(アンディ)のコメント:赤果実中心に少し青い果実の香り。腐葉土や針葉樹、落ち着きのある香り。ピュアな味わい。とてもエレガント。きわめてしなやかだが、実はタンニンも強く、中央に芯を感じる。2020年のハーランは2月にも試飲していますが、そのときはもっと華やかさがあり、今回はそれが腐葉土や針葉樹など、落ち着きを感じさせる香りに変わってきている感じがしました。

次の2013年は暖かいヴィンテージで干ばつの2年目、ストラクチャーのあるワインだといいます。

筆者のコメント:濃密な香りで2020より少し重さを感じる。赤果実はわずかで黒果実主体、タバコやコーヒー、アニス。シルキーだが強固なタンニンとストラクチャー。この日のワインの中では一番濃厚でパワフル。

続く2011年は雨が多く、冷涼なヴィンテージ。ナパでは珍しくブドウが完熟しないワイナリーも多く、多くのワインメーカーが「これまでで一番難しかった年」といいます。

筆者のコメント:複雑な香り、マッシュルームや腐葉土。赤果実が主体だが、果実感は強くない。まだタンニンが強固。バランスが素晴らしい。

2002年は温暖な年。ナパのワインが最も濃厚に作られていた時期でもあります。

筆者のコメント:赤から青の果実。生肉や皮革のような動物的な熟成香。甘草の甘やかさ。20年以上たっているとは思えないほどの芳醇さ。強固なストラクチャー。

最後は1995年。前年の1994年が非常に素晴らしいヴィンテージであり、それに隠れがちなヴィンテージです。また、ハーランは1984年植樹なので、ブドウの樹齢はまだ11年くらいです。

筆者のコメント:色は少し褐色が入っている。赤い果実、皮革、腐葉土。濃密で集中した果実味。驚くほど若々しい。明るい味わい。

今回の試飲、どのワインも非常に素晴らしく甲乙つけがたいものでした。その中で2020年はこれからどうなっていくのかを含めて、興味深く、機会があればまた飲んでみたいと思うワインでした。また、あまりよくないと言われる2011年も非常に素晴らしく、バランスの良さではこの日、一番でした。また1995年も30年近く経っているとは思えないほどの若さがまだあり、無理して若作りしているのではなく、自然に残った若さが魅力的でした。

 「生涯の夢は世界中で一番のワインを造ること。熟成のポテンシャルを持つものを作っていく」と語るウィル。既に世界一と言ってもいいレベルにあると思いますが、200年に向けてこれからも家族経営で一つ一つを丁寧にやっていくと語っていました。

 また、2020年のスタイルがこれからのハーランのスタイルになっていくのかと聞いたところ、「スタイルを決めていくのではなく、各ヴィンテージや土地の理解を進めて反映させることを大事にしている。その中で2020年は特別なグローイングシーズンが反映されたワインになっている」とのこと。「2021年2022年にも期待してほしい。2021年は力強く、ストラクチャーのあるワイン、2022年はソフトで輝きのあるきれいなワインに仕上がっている」

ハーランの栽培や醸造における新たなアプローチとしては前述のヴァインマスタープログラムに注力しているそうで、それを強調していました。その中で、ハーランの一部の区画では、いわゆる「ヘッドプルーン」や「ゴブレット」などと呼ばれる垣を作らない仕立ても試しているとのこと。灌漑なしでの栽培に向いているのではないかという話でした。
ヘッドプルーンというと、ジンファンデルで樹間をかなり大きく取ったもののイメージがありますが、ハーランでは樹間が1m程度とかなり狭く取っているのも興味深いところです。

これはコーリー・エンプティングのスマホから。


コーリー・エンプティング