第44代米国大統領になるバラク・オバマ氏の自伝。とはいえ本書が書かれたのは1990年代前半。描かれているのは1961年に氏が生まれてから1988年に初めてケニアを訪れるまでだ。大統領はおろか,議員にも弁護士にもなる前の青春時代のバラク・オバマであり,本書の基調をなすのは自分探し,父親探しの旅だ。

今の彼を見ると,若き成功者に見えるが,本書を読むとアイデンティティを確立するのに悩んでいたことがよく分かる。アフリカ系アメリカ人とはいえ,奴隷の末裔ではなく,父親はケニアからの留学生,母親はカンザス州出身の中産階級の白人。父親は小さいときに離婚してケニヤに帰国。母親と母方の祖父母という白人家庭に育てられている。

わずか40数年前であるが,氏が生まれたのは米国で公民権運動が盛んだった時期。つまり,黒人はバスに乗れないなど実質的な差別を数多く受けていた時代である。したがって,生い立ちにも差別との出会いが重要なテーマになっている。また,祖父母には「バス停で黒人にお金をせびられて怖い思いをした」といった具合に差別主義ではないものの,白人の立場からの黒人との体験がある。黒人であること,何が差別で何が差別でないかなど,その青春時代は黒人としてのアイデンティティを模索する日々であった。

そして,その次にやってくるのがほとんどあったことがない父親の問題だ。彼にとって父親はケニアにおけるエリートであり,一種のヒーローだったのだが,次第に父親の苦悩や没落についても知るようになり,自身の中での父親の位置付けに苦慮するようになる。本書の最終章でありクライマックスになるケニア編では,ついにケニアを訪れたことにより,自分探し父親探しの旅を完結させることが描かれる。

バラク・オバマの演説のうまさにヒトラーになぞらえる人もいるが,本書を読めば,彼がどのように,考え悩んだ上に今の境地にたどり着いたのかが想像できるような気がする。その姿はヒトラーとはほど遠い。

最後に,dan kogai氏も書いているように,邦題の「マイ・ドリーム」はよくない。原題のDreams from My Fatherの方がはるかに内容にあっている。また,氏がDreamという言葉を使うとき,やはりそこにはキング牧師の「I have a dream」がどこかで奏でられているような気がする。