3月4日に、東京で行われたAliveテイスティングの生産者セミナーに出席しました。セミナーは午前と午後と2回行われて、それぞれ生産者が異なっていますが、私が参加した午前の部は
モデレーター/パネリスト:Greg Brewer, Brewer-Clifton
パネリスト:Spencer Shull, Fess Parker Winery
Isabelle Clendenen, Au Bon Climat
Pierre LaBarge, LaBarge Winery
AJ Fairbanks, Crown Point Vineyards
の5人でした。ただ、Pierre LaBargeさんは家庭の事情で急遽来日が取りやめになり、ビデオでの参加でした。

サンタ・バーバラ郡は、ロスアンゼルスから北に2時間ほどドライブしたところにあります。セントラル・コーストの一番南であり、約20年前のアカデミー賞脚色賞受賞映画「サイドウェイ」の舞台になったことでも知られています。
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サンタ・バーバラがカリフォルニアの中でも特別なのは東西方向の海岸線を持っていること。大半が南北方向の海岸線のカリフォルニアで、ここだけが南北から直角に東西に折れ曲がる形になっています。沿岸に沿って走る沿岸山脈も東西方向に走るため、西の太平洋から山脈に遮られずに冷たい風が入ってくる、冷涼地域です。
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また、緯度の低さから夏と冬との気温差が非常に小さいのも特徴で、ブドウの芽は早いところでは2月に芽吹くほど。カリフォルニアの中でも特に長い生育シーズンを誇ります。

域内には上の地図で示したように7つのAVAがあります。
ブドウ畑の面積は11000エーカー以上で、栽培品種は多い順に、シャルドネ、ピノ・ノワール、シラー、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ・ソーヴィニヨン。合計75品種が作られています。
AVAの説明をしていきます。
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サンタ・マリア・ヴァレーはカリフォルニアでナパヴァレーの次に策定された古いAVA。サンタ・バーバラのAVAの中では一番北になります。ここは何といっても銘醸畑ビエン・ナシード(Bien Nacido)があるところとして知られています。オー・ボン・クリマ(Au Bon Climat)も昔からここのブドウを多く使っており、ワイナリーも畑の横にあります。オー・ボン・クリマの自社畑ル・ボン・クリマや、ビエン・ナシードのオーナーであるミラー家のもう一つの畑ソロモン・ヒルズもこのAVA内です。
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サンタ・イネズ・ヴァレーはサンタ・マリアと対をなす南側のAVAです。前述のように西の太平洋からの風が入ってくるのが特徴ですが、東の内陸に行くとどんどん気温が上がっていきます。ここの西端と東端では気温が大きくことなります。このように一つのAVAとして語るのが難しく、現在はこの中にさらに4つのAVAが作られています。現在ではサンタ・イネズと名乗るワインも減ってきているので、サブAVAで見ていきましょう。

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サンタ・リタ・ヒルズはサンタ・イネズ内のAVAとしては一番西に在り、冷涼な地域です。海からの強い風が吹くことでも知られており、海風による塩味がワインに感じられることもしばしばあります。砂質土壌やチョーク質の珪藻土の土壌などが特徴となっています。今回のモデレーターであるグレッグ・ブリュワーのブリュワー・クリフトン、グレッグが以前ワインメーカーを務めていたメルヴィル、近年高品質のピノ・ノワールで人気急上昇のドメーヌ・ド・ラ・コート、スクリーミング・イーグルのオーナーが持つザ・ヒルトなど、人気ワイナリーが数多くあります。また、サンタ・マリア・ヴァレーのビエンナシードと並び称される銘醸畑サンフォード&ベネディクトがこのAVAにあります。

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一つ内陸に入ったバラード・キャニオンは、カリフォルニアでは珍しい石灰岩の土壌があり、ローヌ系品種で知られています。ザ・ヒルトの兄弟ワイナリーであるホナタ(Jonata)が有名です。

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バラード・キャニオンの東にあるロス・オリヴォス・ディストリクトはソーヴィニヨン・ブランやカベルネ・フラン、メルロー、ローヌ系品種などが作られています。

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サンタ・イネズ・ヴァレーのサブAVAの中で一番内陸にある(すなわち、一番暖かい)のがハッピー・キャニオンです。ボルドー品種が中心に植えられています。国内で人気のワイナリー、スター・レーン(Star Lane)がこの地域にあります。

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最後に紹介するAVAはアリソス・キャニオン。サンタ・イネズ・ヴァレーと、サンタ・マリア・ヴァレーに挟まれたところにあります。ここは2020年に策定された新しいAVAということもあり、様々な品種が実験的に栽培されています。例えばピクプールやメンシアといった、あまり有名でない品種も作られています。

続いて、セミナーに参加した個々のワイナリーの紹介です。

最初はフェス・パーカー(Fess Parker)。サンタ・バーバラのワイナリー団体に11番目に加盟した比較的古いワイナリーです。サンタ・リタ・ヒルズとサンタ・マリア・ヴァレーのブルゴーニュ品種、自社畑でのローヌ品種のワインを主に使っています。
ワイナリーはロス・オリボスにありますが、今回のワインはサンタ・リタ・ヒルズの自社畑アシュリーズ(Ashley's)のシャルドネ2023。太平洋から20kmで、砂質土壌。土壌が太陽からの熱を蓄えています。2023年は冷涼な年で、非常に生育期間が長く、収穫は11月の第1週! 100%樽発酵(37%新樽)で7カ月熟成しています。柑橘系の風味に、わずかにアプリコット。ブリオッシュ。リッチで豊かな風味ですが酸もしっかりあってバランスはいい。なめらかなテクスチャで、美味しいシャルドネでした。


次のワインは、モデレーターでもあるグレッグ・ブリュワーのブリュワー・クリフトンから2023年のサンタ・リタ・ヒルズ ピノ・ノワール。サンタ・リタ・ヒルズの4つの自社畑のブドウをブレンドしたものです。

ブリュワー・クリフトンは1996年にスティーブ・クリフトン(2016年にブリュワー・クリフトンをやめ自身のプロジェクトに専念)とともに設立しました。当時はグレッグはまだ25歳で全財産は12000ドル。それをすべて注ぎ込んでサンタ・リタ・ヒルズのワインに人生を賭けてきました。その過程では多くの人の手助けがありました。例えば、上記のフェス・パーカーを営むスペンサー家からは、安価で樽を分けてもらい、オー・ボン・クリマのジム・クレンデネンさんは世界中にサンタ・バーバラのワインをプロモートしてくれました。また、このセミナーには登壇していませんが、一緒に来日したマージェラムのダグ・マージェラムさんにも特別の感謝をささげました。ダグ・マージェラムさんはワイナリー以上にサンタ・バーバラのワインカスクというレストランのオーナーとして知られています。ワインカスクはサンタ・バーバラのワインの集積地であり、ほぼすべてのワイナリーがここで紹介されて世に広まっていっています。
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実はブリュワー・クリフトンのラベルのロゴはワインカスクの天井の装飾を模したものだとのことで、それだけワインカスクとの深い結びつきがあることを示しています。
ブリュワー・クリフトンのコンセプトは土地に敬意を払い、捧げるというもの。ワイナリー設立当初から、テロワールの表現にこだわり、すべてのワインを同じレシピで造っていました(「復刻:2004年のBrewer-Cliftonワイン会実録」に2004年にうかがった話をまとめています)。
もう一つのこだわりが全房発酵。全房発酵によって「タンニンやストラクチャー、うまみを与えてくれる」ことを期待しています。茎からカリウムが出ることによって、pHは上がるのですが、サンタ・リタ・ヒルズは冷涼で酸が保持されるため、酸が弱くなることはありません。また、熟成に使う樽は10~25年使った古いもの。いわゆる樽のフレーバーは全く付かないものです。
サンタ・リタ・ヒルズにはほかにもドメーヌ・ド・ラ・コート、メルヴィルと全房比率が高い有名ワイナリーがあります。サンタ・リタ・ヒルズはピュアな果実の風味が強く、丸みのある味わいになりがちです。茎を加えることでストラクチャーを与えたいというのが、サンタ・リタ・ヒルズのピノ・ノワールで全房を使う例が目立つ理由だそうです。
ワインを飲んでみると、確かに「セイボリー」と言われるようなうまみが感じられます。紅茶やキノコの風味もあります。赤果実と酸も上品で美味しい。果実味が爆発するようなワインではありませんが、ピノ・ノワール好きに刺さりそうな味わいです。


3番目はオー・ボン・クリマ。故ジム・クレンデネンの長女のイザベルさんが代表で話します。いうまでもなくオー・ボン・クリマのフラッグシップであるピノ・ノワール「イザベル」の名前の元となったイザベルさんです。彼女には11年前にもお会いしています(イザベル嬢にイザベル注いでもらったから2月18日はABC記念日)。マンガが好きで日本語を勉強しており、今回のプレゼンも日本語で行いました。オー・ボン・クリマは前述のジム・クレンデネンが1982年に設立したワイナリーです。ジムの死後は、イザベルと弟のノックス、ワインメーカーのジム・エデルマン、セラーマスターのエンリケ・ロドリゲスの4人のチームで運営しています。ノックス君は将来はワインメーカーを目指しているそうですが、「今はアシスタントのアシスタントくらい」とイザベルさん。ただ、それでも父が若かりしころ、サンタ・バーバラ(当時はZaka Mesaで働いていた)、ブルゴーニュ、オーストラリアの3カ所での収穫を1年で経験したというエピソードにあやかり、昨年はニュージーランド、ブルゴーニュ、カリフォルニアで収穫体験をしてきたそうです。今回はノックス君も来日して、試飲会でワインを注ぎ、姉弟で大人気でした。
さてワインはオー・ボン・クリマのピノ・ノワール ノックス・アレキサンダー2020です。ビエン・ナシードのブドウに、その隣のランウェイという畑、サンタ・マリアにオー・ボン・クリマが所有する自社畑ル・ボン・クリマを加えています。「イザベル」はサンタ・バーバラからソノマまで、カリフォルニアの沿岸各地の畑のブドウをブレンドした、ブレンドによって最良のピノを目指したワインであるのに対し、こちらはサンタ・マリア・ヴァレーで最良のピノ・ノワールを目指しています。
まろやかな味わいで紅茶に、ラズベリーやハーブ、ナツメグやカルダモンといったスパイスを感じるのがノックスの特徴です。

ワインの作り自体はブリュワー・クリフトンと好対照で、ブリュワー・クリフトンの新樽ゼロに対して、こちらは新樽100%での熟成を行っています。全房はほとんど使わず、このヴィンテージは25%となっています。ビエン・ナシードの畑には独特なスパイスの風味があり。そのため全房を入れるとちょっと味が強すぎてしまうのだそうです。サンタ・マリアは全体的に同じ傾向があり、同じサンタ・バーバラといってもサンタ・リタ・ヒルズと対照的です。ちなみに、オー・ボン・クリマでは唯一100%全房発酵で作っているワインとしてラームドクラップというピノ・ノワールがあります。茎が完熟した年にしか作らないレアなワインですが、これまではサンタ・リタ・ヒルズのサンフォード・ベネディクトのブドウで作っていました。ただし2020年だけは例外的にビエン・ナシードで作ったそうです。こちらは未試飲ですが、どういう味わいになるのか興味深いです。

4番目のワイナリーはラバージュ(LaBarge)。サンタ・リタ・ヒルズのワイナリーです。2009年にピエール・ラバージュ4世が「土地の個性を映し出すワインを造る」ことを目指して創業しました。17エーカーの自社畑では、アルバリーニョ、ピノ・ノワール、グルナッシュ、シラーを栽培。すべてCCOFによる有機認証を取得しています。
ワインはグルナッシュ2021。ピエールはシネクアノンで働いたことがあり、それでグルナッシュに興味を持ったそうです。シネクアノンの畑Eleven Confessionsもサンタ・リタ・ヒルズにありますが、温暖な気候を好むグルナッシュの栽培地域としては非常に冷涼。ラバージュではブドウの実を半分くらいに減らすことでブドウを完熟させています。一方で、日光が当たりすぎるとブドウの実が白くなってしまうなど、気難しいところもあり、他の品種の3倍近くの労力が必要な品種だとのことです。使っているグルナッシュのクローンは、エドナ・ヴァレーのアルバン由来のものとフランス由来のものがあり、フランスのものは全房発酵に向き、アルバンのものは実のつけ方がルースで除梗に向くとのこと。23%全房を使っています。
ラバージュではグルナッシュを「ステロイド入りピノ・ノワール」と呼んでいるそうで、確かにアルコール度数は15.4%と高く、タンニンもしっかりしています。ただ、酸が高くアルコール度数の高さを感じさせないエレガントさがあります。パワフルだけどエレガントという面白いワイン。


最後のワイナリーはクラウン・ポイント(Crown Point)。最も温暖なハッピー・キャニオンにあり、カベルネ・ソーヴィニヨンなどのボルドー品種を作っています。
畑のあるところは標高290mと比較的高く、南向きの斜度が30度もある斜面です。岩が多く表土が浅いため、収穫量が自然に抑えられます。
ワインは2021年のカベルネ・ソーヴィニヨン。評論家のジェブ・ダナックは「これはほぼ完璧と言える仕上がりで、おそらくサンタ・バーバラ郡で味わった最高のボルドーブレンドだ」として98点を付けています。カベルネ・ソーヴィニヨン97%にプティ・ヴェルドが3%。新樽率50%で22カ月熟成しています。
カシスやブルーベリー、やや甘やかさがあり、やわらかなテクスチャ。とてもいいカベルネです。




サンタ・バーバラのワインはオー・ボン・クリマを除くとまだまだ日本で知られていないところがたくさんあります。非常にレベルの高いワインが多く、ピノ・ノワールやシャルドネだけ見ても魅力的なワイナリーが多数あります。今年のテーマ産地を機会に、人気が広がることを期待します。