サンタ・クルーズ・マウンテンズのマウント・エデンのオーナーであるジェフリー・パターソンさんが12年ぶりに来日し、セミナーを行いました。
前回の記事:サンタ・クルーズ・マウンテンズのテロワールを表現したMount Edenのワイン

サンタ・クルーズ・マウンテンズは、カリフォルニアの数あるAVAの中でも、非常に個性的なところであり、実は私の「推しAVA」の一つでもあります。策定されたのは1981年。カリフォルニア初のAVAであるナパ・ヴァレーと同じ年ですが、順番でいうとカリフォルニアで6番目。ソノマ・ヴァレー、マクドウェル・ヴァレー(メンドシーノ)と同じ日に策定されています。

何が個性的かというと、AVAの境界が標高で定められた初めてのAVAであるということ、山地のAVAで面積はナパの1.5倍くらいありながら、ブドウ畑はナパの30分の1にも満たない、ほんのわずかしかないということ、AVAの中でも場所によって気候などが大きく異なること、域内をサン・アンドレアス断層が横切っているため、土壌が極めて複雑なこと、基本的には冷涼な産地でありながら、カベルネ・ソーヴィニヨンでもトップクラスのワインが作られているということ、地域的にはセントラル・コーストに含まれているのですが、セントラル・コーストAVAからは特別に除外されていること……そのつかまえどころのなさから、ヴィナスのアントニオ・ガッローニは「カメレオンのようだ」と評しています。

有名なワイナリーとして、まず名前が挙がるのは、リッジ(Ridge)です。サンタ・クルーズ・マウンテンズの畑「モンテベッロ」はカリフォルニアきっての銘醸畑であり、トップクラスのカベルネ・ソーヴィニヨンやシャルドネなどが作られています。リッジというとジンファンデルも有名ですがジンファンデルの多くはソノマの畑を使っています。モンテベッロにもジンファンデルがありますが、かなりレアです。

このほか近年注目されているのはリース(Rhys)。きわめてエレガントで高品質なシャルドネとピノ・ノワールを作っています。

そして今回のマウント・エデンですが、シャルドネとピノ・ノワール、カベルネ・ソーヴィニヨンを同じ畑で作っています。しかもすべて極めて高品質。パーカーポイントではシャルドネとピノ・ノワールが最高96、カベルネ・ソーヴィニヨンが98点。ヴィナスではシャルドネとピノ・ノワールが最高97、カベルネ・ソーヴィニヨンが98。一つの畑でこの3品種のワールドクラスのワインを造っているというのは世界広しといってもここくらいしかないのではないでしょうか。

マウント・エデンはカリフォルニアワインの歴史の上でも重要なワイナリーです。歴史を紐解くと、ポール・マソンという人が1896年にサンタ・クルーズ・マウンテンズの麓(内陸側)のサラトガという町に40エーカーの土地を買ったことにさかのぼります。この人はブルゴーニュ出身で、シャルドネとピノ・ノワールを造ろうと、フランスにいって苗木を持ち帰ってブドウ畑を造りました。

このポール・マソンに師事していたのがマーティン・レイ。カリフォルニアワインの歴史に残る奇人変人の一人です。マーティン・レイは1936年にポール・マソンのワイナリーを買いますが、ポール・マソンはサラトガでなく、もっと標高の高いところに畑を造るべきだと諭し、42年に売却。45年にサンタ・クルーズ・マウンテンズの山中に作ったのがマーティン・レイ・ワイナリーで、これが現在のマウント・エデンです。マーティン・レイの畑はポール・マソンの畑からのシャルドネとピノ・ノワールが植えられました。ジェフリー・パターソンさんによると、おそらくルイ・ラトゥールのコルトンの畑からのものだろうとのことでした。




この、ポール・マソンが持ち込んだシャルドネとピノ・ノワールはマウント・エデン・クローンとして、現在はカリフォルニアの様々なワイナリーで使われています。特にシャルドネは写真にあるように、ブドウの実の大小の差が大きくなります。これはいわゆるミルランダージュ、結実不良であり、収量は少なくなりますが、逆に味わいの複雑さを出すのです。オールド・ウェンテと呼ばれるクローンと似た特質です。

マーティン・レイ・ワイナリーでは、マーティン・レイが極めてこだわりを持ってワインを造りましたが、SO2を添加しないなど個性が強く、ワインは時に素晴らしく美味しいのですが、失敗作も多く、ビジネスとしてはなかなか厳しいものがあったようです。マーティン・レイは1970年にワイナリーを売却、その後マウント・エデンと改名し、シャローンのリチャード・グラフがコンサルタントになりメリー・エドワーズなどがワインメーカーとして雇われましたが、いずれも長続きせず、安定しない状態が続きました。


そこへやってきたのがジェフリー・パターソンです。1981年にアシスタント・ワインメーカーとして雇われ、1982年には早くもワインメーカー兼ジェネラルマネージャーに就任しました。そこからが現在のマウント・エデンの始まりです。ジェフリーは2008年にワイナリーの最大株主になり、現在は息子がジェネラルマネージャー、娘はホスピタリティ担当と、家族で経営しています。


シャルドネは樽発酵・樽熟成をしています。マウント・エデンのワインはエステートのワイナリーのほか、近所にある「ドメーヌ・エデン」の畑のところにもあります。設備的にはドメーヌ・エデンの方が新しいものを入れていますが、樽発酵・樽熟成のシャルドネの場合は、温度調節できるタンクなどは必要としないので、全部マウント・エデンのワイナリーで作られています。

ワインの試飲はシャルドネ3種からです。今回はドメーヌ・エデンのワインはありませんでした。
最初のワインはエドナ・ヴァレーのシャルドネ2021年。このワインは唯一買いブドウで作っています。1985年からと、ジェフリー・パターソンになってすぐのころからのワインです。希望小売価格4800円と、マウント・エデンのラインアップの中では圧倒的に安いワインです。エドナ・ヴァレーは、一番冷涼なAVAと自称しており収穫は10月半ばくらいと非常に遅いのが特徴です。ワインは酸が豊かで、柑橘や黄色い花、ミネラル感を感じます。なめらかなテクスチャーで価格以上の高級感。非常にいいシャルドネです。

二つ目は2020年のエステート・シャルドネ(1万2000円)。ここの代表的なワインと言っていいでしょう。目が覚めるような鮮烈な酸と、対照的な柔らかいテクスチャー、柑橘から白桃、ナッツやハーブ、ビスケットに白い花。締りのあるきれいなシャルドネで味わいの複雑さとその幅広さが素晴らしいシャルドネです。芯の通った味わいと果実味に頼らない魅力は長熟向きです。2020年は干ばつでブドウの成熟が早く8月下旬に収穫していますが、品質は良かったとのこと。マウント・エデンの畑は灌漑をしておらず、山の斜面で元々水も少ないところなので、干ばつは影響が大きいようです。収量は1エーカー2トン未満と、かなり少ないです。

シャルドネの最後は2020年のリザーブ・シャルドネ(1万8000円)。リザーブ・シャルドネは2007年から作っているワインで、エステートの樽の中から11樽を選抜。全部まとめてステンレススティールタンクに入れて12カ月熟成します。前述のようにステンレススティールのタンクはドメーヌ・エデンの方のワイナリーにしかないので、そちらを使っています。この1年の間にブドウの澱がワインに溶け込んでなくなってしまうのだそうです。それによって、複雑さが出てきます。
エステートと比べて濃厚でオイリーなテクスチャー、トロピカルな味わい。柑橘にマンゴーやパパイヤ、黄色い花を感じます。長熟性という点ではエステートの方が上かもしれないとのこと。

次は2020年のエステートのピノ・ノワール(1万3000円)。35%全房を使っています。50%新樽、天然酵母で発酵。前述のように2020年は干ばつだったため、ピノ・ノワールも8月下旬に収穫しています。赤果実から黒果実の香り、酸高く、アーシーな風味、果実味もあるけどおとなしく、長期熟成でより魅力が発揮されるワインでしょう。

カベルネ・ソーヴィニヨンは2018年と、蔵出しの2005年の試飲です。カベルネ・ソーヴィニヨンはボルドー左岸のスタイル。冷涼なサンタ・クルーズ・マウンテンズで素晴らしいカベルネ・ソーヴィニヨンを作っているのはマウント・エデンとリッジだけと自負しています。カベルネ・ソーヴィニヨンもマーティン・レイの時代に最初に植えられており、エメット・リックスフォードという人がシャトー・マルゴーから持ち帰ったというラ・クエスタ・ヴィンヤードのカッティングを使っています。
2018年のカベルネ・ソーヴィニヨン(1万7500円)はカシス、ブラックベリー、杉やセージの風味、何よりも酸のきれいさが印象的なカベルネ・ソーヴィニヨンです。非常に長熟向き。実は酸はそれほど高くなく、高いタンニンと低いpHがそう感じさせるとのこと。

最後は蔵出しの2005年のカベルネ・ソーヴィニヨン。
ザクロやブラックベリー、セージやクローヴなどのハーブ、非常に複雑な味わいで素晴らしい。さすがの熟成力です。


ジェフリーさん、12年前は奥様と仲睦まじく来られていたのですが、別れてしまったとのことで、これはちょっと驚きでした。

マウント・エデン、ワインの造りもその魅力も12年前から変わっておらず、今では珍しいほどの長熟型ワインを造り続けています。一方で、今飲んでも十分魅力的でありサンタ・クルーズ・マウンテンズの質実剛健さを体現しているワイナリーだと思います。