ナパのガーギッチ・ヒルズから創設者の故ミイェンコ「マイク」・ガーギッチの娘で現社長のヴァイオレット・ガーギッチさんが来日され、ディナーに参加しました。


ヴァイオレットさん。空手をやっているせいか、姿勢がいいです。

マイク・ガーギッチは今のクロアチアの出身。2歳でワインを飲み始めたといいます(水が衛生的でないので、消毒代わりに水にワインを混ぜて飲むそう)。3歳のときには実家でのワイン造りを手伝っていたとか。ただ、実家は貧乏で8年生を超えて進学したのは11人兄弟の中でマイク一人だったそうです。

ザグレブ大学でワイン造りを勉強し、サバティカルで米国に行ったことがある教授から「米国は夢を追えるところ」、「ナパはパラダイス」と聞き、米国移住を志します。

入国許可がなかなか得られず、カナダでしばらく働いてからようやく米国への許可を得て1958年にナパに着きました。ちなみにマイクのトレードマークのベレー帽は大学時代に傘が買えずに雨除けにかぶっていたのがきっかけでした。

ナパではBVのアンドレ・チェリチェフや当時の有名ワイナリーだったスーヴェランのリー・スチュワートの下で働き、ロバート・モンダヴィで職を得ました。そこで作った1969年のカベルネ・ソーヴィニヨンがベストカベルネ・ソーヴィニヨンに選ばれ、モンダヴィがこれで有名になったといいます。これがきっかけになり、当時再建を始めたばかりのシャトー・モンテレーナのジム・バレットがカベルネを造るためにマイクを雇ったのでした。ただ、カベルネ・ソーヴィニヨンを造るのには時間もお金もかかり、最低でも5年間はかかるという計画で、マイクがキャッシュ・フローのためにシャルドネを造ることを提案したのでした。その2ヴィンテージ目の1973年のシャルドネが、「パリスの審判」で一位になったのでした。

また、この当時、マイクのイタリア人の友人がガレージで作ったカベルネ・ソーヴィニヨンとジンファンデルを飲ませてもらったものが非常に素晴らしく、「素晴らしいブドウを手に入れて自然に作ったワインが一番いい」というフィロソフィーを持つようになりました。

パリスの審判の1年後にはコーヒーの会社を経営するオースティン・ヒルズがパートナーとなり、ガーギッチ・ヒルズを創設しました。最初のシャルドネはシカゴで1980年5月に開かれたシャルドネ・ショーダウンにおいて221種類の中で1位になり、キングオブシャルドネと呼ばれるようになりました。

ガーギッチ・ヒルズのこだわりの一つが畑。2003年にはすべて自社畑のブドウだけでワインを造るようになりました。1986年にクロアチアからやってきた甥のイーヴォが畑を見るようになり、彼の薦めで2000年からオーガニックな栽培に切り替え、2006年には認証を取りました。認証は取らなくても良かったのですが、自然派スーパーのホールフーズが、ロゴを入れたいというので認証を取りました。あくまでもいいブドウを造るのが目的なので、マーケティングのためではないと言います。認証に必要なレベルを大きく超えて実践しているので、認証機関が驚くほどだったとのこと。

ビオディナミは2003年に畑のウイルスにやられたブロックを植え替えるときに始めました。先駆者としてい知られるロワールのニコラ・ジョリーからそのやり方を聞いたマイクは、クロアチアの畑でやっていた農法と似ていると感じて、自社畑に導入しました。するとすぐに畑の状態が良くなり驚いたといいます。

2018年には再生可能型有機栽培「ROC」を始め、2023年に認証を取得しました。従来のオーガニックやビオディナミでは生きている土壌を作ることはできないと感じて、この方法を始めました。この農法の大きな特徴の一つが、基本的に土地をなるべく耕さないこと。土地を耕すと微生物を破壊し、二酸化炭素が空気中に放出されるためです。また、耕すことで土が流出するなどの問題も起こります。ROCを始めてから土壌の中の有機物がすぐに1%くらい増えたそうで、普通はそれだけ増えるのには何年もかかるので、UCデーヴィスの研究者も驚いたとのことでした。

耕すのがいいのか、耕さない方がいいのかについては、現状意見が分かれるところでもあります。例えばスクリーミング・イーグルでは耕す方がいいと思っているとのことでした。一方、ガーギッチ・ヒルズでは耕さない方がいいという、強い確信があります。2022年に1週間以上40数度の気温が続く熱波が来たとき、隣の耕している畑では温度が70度にもなったのに対し、ガーギッチの畑は39度までしか上がりませんでした。土の温度が70度にもなると土の中の微生物も死んでしまいます。また、同じ年、1日に250mmもの雨が降ったときに、隣の畑は水浸しになりましたが、ガーギッチの畑は大丈夫でした。下の写真にあるように、実際に土壌はふかふかで絨毯の上を歩いているかのようだとのことです。こういった実証を経て自信を持ってROCに取り組んでいます。ヴァイオレットさんによると、上記の状態を見たドミナス(ガーギッチのヨントヴィルの畑と隣り合わせの畑です)も、最近ROCに取り組み始めているそうです。

ガーギッチではこのようなROCによる状態の変化を専門の研究者を置いて調べてレポートする体制を取っています。ROCに最も熱心に取り組んでいるワイナリーの一つといっていいでしょう。



ナパでは多くの場合、樹齢が20年を過ぎると植え替えをしています。ただ、ブドウの樹もできるだけ長く生きるのが自然であり、ROCのアプローチが自然だと感じています。植え替えはコストがかかるということ以外に、樹齢が長いとブドウの味に複雑性が出てくるためです。

植え替えもブロック単位で行うのではなく1本ずつ行っています。現在、シャルドネの畑の植え替えをしているのですが、これはAxR1というフィロキセラへの耐性が低い台木を使っており、樹勢が落ちてきてしまっています。このときにすべてを植え替えるのではなく、1本単位に植え替えをします。「ディープ・イリゲーション」という土中の深いところに灌漑をして、根を下に伸ばすようにします。こうすると下の方にある砂地の土壌に根が届き、フィロキセラにやられないようになります。これはマイクが考えた方法で、今も80年代の木が残っているのだそうです。ジンファンデルでも1889年の樹が残っているといいます。



ワインの話に移ります。ガーギッチではバランスが取れてエレガントでフードフレンドリーなワインを作り続けています。最初のワインはフュメ・ブラン。先ほど、モントレーナのキャッシュフローのワインがシャルドネだったという話を紹介しましたが、ロバート・モンダヴィにとってはソーヴィニヨン・ブランがキャッシュフローのワインで、樽を使ってフュメ・ブランと名付けたものが大ヒットしました。このモンダヴィのフュメ・ブランを手掛けたのもマイク・ガーギッチでした。ガーギッチ・ヒルズでは、モンダヴィに敬意を表す意味を込めて、フュメ・ブランの名前を使い続けています(ただ、最近ではフュメ・ブランといっても知らない人も増えたのでソーヴィニヨン・ブランと併記しています)。

ガーギッチのフュメ・ブランはナパの南端のAVAであるロス・カーネロスと、カーネロスよりもさらに海に近く冷涼なアメリカン・キャニオンの畑のブドウを使っています。樽発酵樽熟成をしており、通常の樽のほか、フードルと呼ぶ大樽も使っています。ヴィンテージは2021年
酸が豊かで柑橘系のさわやかさとミネラル感、黄色い花の香り。樽香はほとんど感じませんがなめらかなテクスチャーが樽の雰囲気を感じさせます。高級感もあり美味しい。

近年は、アンフォラやコンクリート・エッグなど様々な発酵槽を併用してソーヴィニヨン・ブランを作るワイナリーも増えてきていますが、ガーギッチでは伝統的な方法を大事にして樽だけを使っています。実はコンクリート・エッグは導入したことがあるのですが、2年使ってやめてしまい、他のワイナリーに売ってしまったそうです。

次は2021年のシャルドネです。こちらも樽発酵しており、新樽と1年の樽と2年の樽を組み合わせて使っています。
軽いヴァニラの香りにマジパンと黄色い花の香り(このあたりがガーギッチのシャルドネには毎回感じられます)。柑橘にハチミツ、ちょっとトロピカルフルーツのニュアンスもあります。おだやかでバランスのいいシャルドネです。

赤は2019年のジンファンデルから。ガーギッチのジンファンデルはエレガントで、ジンファンデルだと気が付かない人が多いくらい。実際にジンファンデルを飲んだ人がワイナリーにワインを買いに来て「ピノ・ノワールをください」と言ったという話もあるくらいです(ガーギッチではピノ・ノワールは作っていません)。
ザクロやレッド・チェリー。合わせた料理が中華だったせいかもしれませんが黒酢のようなコクと酸を感じました。フォレストフロアや皮革のようなニュアンスもあり、エレガントで熟成も楽しめそうなジンファンデル。ジンファンデルというと濃くて甘いワインばかりと思っている方にはぜひこのジンファンデルを飲んでほしい。

最後は2019年のカベルネ・ソーヴィニヨン。ヨントヴィル、ラザフォード、カリストガの畑のブドウを使っています。古いものでは1959年に植えたカベルネのブロックも入っています。
ザクロにレッド・チェリー、ブラックチェリー、カシス。豊かな果実味がありミディアムボディでエレガントなカベルネ・ソーヴィニヨン。杉やタイムのニュアンスも。これもフードフレンドリーなカベルネ・ソーヴィニヨンです。




麻布台ヒルズの虎景軒(フージン)の料理も素晴らしく美味しかったです。特にジンファンデルにはよく合いました。