巨星墜つ、ミシェル・ロラン氏が逝去

ボルドー出身で世界的な影響力を持つワインコンサルタントのミシェル・ロラン氏が心臓麻痺で亡くなりました。78歳でした。
1973年にボルドー大学を卒業してからコンサルタントを始め、1985年にカリフォルニアのSimiから依頼を受けたことで世界中で仕事をするようになり「フライング・ワインメーカー」という言葉の発端となりました。
低収量による果実の凝縮感や新樽の利用は、同時期に台頭したロバート・パーカーと共通するもので、2004年のドキュメンタリー映画『モンドヴィーノ』ではそのあたりがやや批判的に描かれてもいました。
カリフォルニア、特にナパではミシェル・ロラン氏にコンサルタントを依頼しているところは数多く、ハーラン・エステートやダラ・ヴァレ、クインテッサ、スタッグリンなどがその顧客となっています。レアムなどのワインメーカーを務めているブノワ・トゥケはミシェル・ロラン氏の弟子で、彼から派遣されてナパに来たという経緯があります。またブノワ・トゥケとフィリップ・メルカ、トーマス・リヴァース・ブラウンという有名ワインメーカー3人が作る超高級カベルネ「フェアレスト・クリーチャー」では、ミシェル・ロラン氏によるブレンドを特別にボトル詰めしています。
ナパには年に3回ほど来ていたようですが、主には最終ブレンドを決めるのが仕事だったようです。そのブレンド能力は卓越していると、多くの関係者が語っています。
謹んでお悔やみ申し上げます。