2月28日には東京で、3月2日には大阪でカリフォルニアワイン協会の試飲会とセミナーが開かれました。3年ぶりに現地からも大勢が来日、活気のある試飲会でした。

カリフォルニアワイン協会では毎年「テーマ産地」を設定していますが、今年のテーマは「ウエスト・ソノマ・コースト」。2022年にAVAが認められたばかりのまさに今売り出し中の産地です。4月から5月にかけてはこの地域をテーマにしたプロモーションも行われ、インスタグラムではワインプレゼント企画も開催されるとのことです。

セミナーのテーマも「ウエスト・ソノマ・コースト」。現地の生産者団体から9つのワイナリーの代表者が来日して地域の解説をしました。生産者団体に属するワイナリーは28ですからおよそ3分の1のワイナリーが参加したことになります。

ブルゴーニュ品種の新潮流、ウエスト・ソノマ・コーストのコア・メンバーが来日
真のテロワールワイン -West Sonoma Coast AVA- 【特別無料公開】
と既に詳細なレポートも出ているので、ここでは私なりの感想を記していきます。

West Sonoma Coastの話をする前にそもそもSonoma Coastとは何なのかということを知っておく必要があると思います。

Sonoma Coastは上のマップで赤線で囲んだ、ソノマのほぼ半分を占めるような広域のAVAです。Coastと言いながら、比較的内陸のロシアンリバー・ヴァレーも大部分が含まれており、かなり温暖な産地であるチョークヒルも半分くらいが含まれています。また、太平洋だけでなくサン・パブロ湾に面したカーネロス(のソノマ側)も全域が含まれています。北の端から南の端までは100kmほどもあります。

なぜ、このような広域を占めているのかというと、Sonoma Coast AVA設立時(1987年)にSonoma Cutrerというワイナリーが、自社の畑を全部含むように領域を申請し、それが認められてしまったからです。Sonoma Cutrerは当時シャルドネ専業のワイナリーで、かなりの人気を誇っていました。そこがSonoma CoastというAVA名に加えてEstateという100%自社畑で100%そのAVAに入っていないと認められない表記を入れたいと思ったがための広域の申請でした。実は、こういったマーケティング的経緯でできたAVAはSonoma Coastだけではありません。その2年前にNorthern SonomaというAVAをGalloが主導して設立したときもGalloの畑を全部入れるために広域になったというのがありました。

ちなみに、Northern SonomaのAVAを冠したワインは現在ではGalloも作らなくなり、私の知る限りGallo以外で唯一使っていたRodney Strongもやめてしまっています。ほぼ有名無実なAVAになりました(上のマップにも実は含まれていません)。

一方、Sonoma Coastの方も当初から「無駄に広い」と言われ続けていましたが、ワインのラベルに表記されているという意味ではどんどん存在感を増しています。

カリフォルニアのピノ・ノワールのブームが本格化したのは2004年の映画「サイドウェイズ」以降と言われていますが、その頃は酸味を苦手とする人が多いアメリカ人の舌に合わせて、濃厚で甘やかなスタイルのピノ・ノワールが人気でした。ピノ・ノワールの産地としてはやや温暖なロシアンリバー・ヴァレーはそういったピノ・ノワールを作るのにぴったりで、ロシアンリバー・ヴァレーのピノ・ノワールがもてはやされました。「シラーみたいなピノ」と呼ばれることもしばしばありました。

2010年代になって、よりバランスのいいワインやエレガントなワインを求める人も増えていきました。IPOBやニュー・カリフォルニア・ワインのムーブメントがそれを後押しし、冷涼産地がもてはやされるようになってきました。そこで一気にロシアンリバー・ヴァレーからソノマ・コーストへのシフトが始まりました。とはいえ、ロシアンリバー・ヴァレーも実際にはほぼソノマ・コーストに含まれていますから、ロシアンリバー・ヴァレー産のブドウを使い続けて、ラベルだけソノマ・コーストに変えるといったことも可能なわけです。実際にどれくらいそういうことが起こっているのかはわかりませんが、例えばキスラーのWebサイトには一時期「キスラーはソノマ・コーストのワイナリー」といったことが書いてありました(キスラーのワイナリーはロシアンリバー・ヴァレーの中央部にあります)。

このほか、2011年にはFort Ross-Seaview(現在のWest Sonoma Coastに完全に含まれています)AVAも誕生しました。このAVAにはFlowersやHirsch、Marcassinなど重要なワイナリーが含まれていますが、AVAの名称としてはソノマ・コーストのようなわかりやすい冷涼感を表現するには力不足だった感じがします。Fort Ross-SeaviewのワインであってもSonoma Coastとして売られているケースが今でも主流だと思います。

West Sonoma Coastは、上記のようなAVAとしての一体感を無視して作られたSonoma Coastへのアンチテーゼとして90年代くらいから作ろうという動きが始まったようですが、実際にTTBへの申請という形で動きが本格化したのは2010年代に入ってからです。当初は「True Sonoma Coast」という案がありましたが、「True」というのはAVAの名称としては穏当ではないということで「West」に変えたという経緯があります。
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そのとき申請した領域は、上のマップの全域になります。
ところが、このころTTBではかつての無節操なAVA認定への反省から「AVAが他のAVAを完全に包含するのはOKだけど、部分的に重なっているのは認めない」という方針が打ち出されました。申請した領域の中でロシアンリバー・ヴァレーと重なっているところがあることから、門前払いになってしまいました。

そこで、上のマップの右下の色の薄い部分を外して申請をし、ようやく認められたわけです。

というところでようやく、今回のWest Sonoma Coast AVAの話に入っていくのですが、このマップを見ても、本当はここまで申請したかった、という思いが伝わってくるような気がします。実際に、将来はここまで広げたいという希望は今も捨てていないようですが、上記の理由により、そのためにはロシアンリバー・ヴァレーAVAの領域を狭くしなければいけないということになります。ロシアンリバー・ヴァレー側が簡単に承諾するとは思えないので、現実にはなかなか難しいだろうと思います。そんなことは当事者が一番わかっていることですが、それでもあえて、現在のAVAに含まれていないところまでマップに含めたことが、その10数年のバトル?の重さを感じさせます。


気候の説明で面白いと思ったのは「冷涼な海洋性気候」という言い方をしていたところです。通常、カリフォルニアの沿岸の気候は地中海性気候と言われています。実際に気候区分としては地中海性気候に入ります。海洋性気候というのは気候区分ではなく、海に近いところで、気温や湿度など海からの影響を強く受けているということで矛盾はしていないのですが、今までこういう説明の仕方は聞いたことがなかったのでなるほどと思いました。ちょうどソノマ・コーストのセミナーがこの後あったので、この説明、さっそく採用させていただきました。

ここでポイントになるのは、ただの海洋性気候ではなく「冷涼な」というのが着くところです。ワインの世界で海洋性気候の代表的産地というとボルドーを思い浮かべる人が多いと思います。ボルドーの場合は比較的緯度が高い地域にもかかわらず、暖流の影響で温暖な気候になるわけですが、ウエスト・ソノマ・コーストの場合は、雨が少なく日照も多いのに、昼も夜も冷涼にするというのがポイントです。


この、地中海性気候+冷たい海洋性気候がウエスト・ソノマ・コーストのワインの特性の多くを決めていると思います。日照が多いので、畑によってはアルコール度数は高めになることもありますが、酸の高さとピュアな果実味、フェノール類の発達による複雑な風味が特にピノ・ノワールでは典型的なウエスト・ソノマ・コーストの味わいになっています。


レッドウッドについても、これまであまり考えてこなかったところでした。ウエスト・ソノマ・コーストの畑の多くはレッドウッドの林を切り開いて作られており、今でも周囲はレッドウッドに囲まれているところが多くあります。冒頭のマップを見ると、ウエスト・ソノマ・コーストの大半は丘陵地帯になります。畑を作るのが容易な平地はほとんどありません。周囲のレッドウッドによって湿度が保てたり、風をブロックしてくれたり、フレーバーへの影響もあるそうです。

土壌はソノマの中でも多様で複雑です。ウエスト・ソノマ・コーストにはサンアンドレアス断層という巨大な断層が走っています。これは3つのプレートの衝突でできたもので、結果として堆積岩や海洋性の砂岩など様々な土壌がまじりあっています。あまり多くはありませんが火山性の土壌も一部混じっています(火山性だけというより火山由来の土壌と海洋性の土壌が混じり合ったものなど)。共通するのは、多くの土壌が栄養分に乏しく水はけがいいこと。ワイン用のブドウに適した性質と言われています。

リトライのテッド・レモンさんによると、どんな植物が生えているかを見るだけで、土壌は大体わかるとか。さすがです。

このほか、歴史の話などもありましたが、長くなったのでちょっと割愛して試飲に入ります。

Ernest Vineyards Joyce Vineyard Chardonnay 2020
Senses Wines B.A. Thieriot Chardonnay 2021
Alma Fria Holtermann Vineyard Pinot Noir 2021
Littorai The Pivot Vineyard Pinot Noir 2019
Hirsch Vineyards ‘Raschen Ridge’ Estate Pinot Noir 2019
Wayfarer The Estate Pinot Noir 2019

今回はこの6種類です。
シャルドネはアーネストとセンシーズの好対照の2つ。アーネストは、かなり自然派な作り手です。ワインの熟成には500リットルの大きな樽を使っています。アルコール度数12%とかなり低め。新樽を使っていないため、樽感はなく香りの第一印象ではややおとなしいワインかと思ったのですが、飲んでみると予想以上にリッチさがあります。酸がかなり高くレモンやカリンの風味。とてもきれいな味わい。

センシーズは幼馴染の若者3人によるワイナリー。著名な畑B.A. Thieriotのオーナーの息子のマックス・ティエリオット(彼は俳優としても有名です)もその一人で、ティエリオットのブドウを使っている一人だった著名ワインメーカーのトーマス・リヴァース・ブラウンが、自ら申し出てワインメーカーをしています(私の知る限り、トーマス・ブラウンが自分から申し出てワインメーカーをしているのはここだけです)。こちらはアルコール度数が14.2%あり、味わいに厚みを感じます。オレンジオイルやグリセリン。アルコール度数は高いですがバランスよく、酸もしっかりしています。

ピノ・ノワールの最初の試飲のアルマ・フリアはあまり知らないワイナリーでしたが、人気ワイナリーのレッド・カーのワインメーカーだったキャロル・ケンプが作ったワイナリーだとのこと。レッド・カーは2017年に売却してしまったようです。これもかなり自然派の傾向の強いワイナリー。キャロル・ケンプは「不介入型」だと称しています。レッドチェリーやストロベリーの風味。酸はきつくなく柔らかい味わい。マッシュルームやドライハーブといった熟成的なフレーバーもかなりあります。全房15%、10%新樽で14カ月熟成とのこと。

リトライはビオディナミの実践で知られていますが、契約畑も多いため、ビオディナミかどうかは畑によって変わります。これは自社畑のピヴォットなのでビオディナミです。とても旨味感の強いワイン。マッシュルームやハーブ、皮革も感じます。果実味もきれい。

ハーシュはウエスト・ソノマ・コーストでも最も古い時期に作られた畑の一つ。当初は栽培だけで、いくつかのワイナリーにブドウをおろしていましたが、1994年に大きな転機が訪れます。リトライのテッド・レモン、ウィリアムズ・セリエムのバート・ウィリアムズ、キスラーのスティーブ・キスラーという3つのワイナリーから相次いでブドウを買いたいという電話がきたのです。実はこの3人は同じ低スティグ・グループで試飲をしていて、それでハーシュのブドウに同時に興味を持ったのでした。特に当時から有名だったキスラーやウィリアムズ・セリエムで採用されたことで一気にその名前が広がりました。2002年からワイナリーを始め、今ではそちらがメインになっているとのこと。2011年からビオディナミになっています。
ワインはレッド・チェリーやマッシュルームの風味。味わいの広がりが素晴らしいです。非常にやわらかくまとまりのある味。アルコール度数は13.4%

最後はウェイフェアラー。ナパの人気ワイナリー「パルメイヤー」の創設者が始めたワイナリーですが、現在はナパのブランドは売却してしまったのでウェイフェアラーだけをやっています。マーカッシンのヘレン・ターリーに「ソノマ・コーストのラ・ターシュになる」と薦められた土地を買って始めたという経緯があります。
ピノ4つの中でこれが一番外交的なワイン。果実味豊かで味もこの中では濃いめです。ベリーや甘草の風味。

テイスティング・コメントだけではよくわからないと思いますが、予想以上に個性がありしかもどれも非常にハイレベルです。ウエスト・ソノマ・コーストの中でも冷涼感の強い北部、標高が高く霧の影響が比較的少なく味わいも強くなる中部(Fort Ross-Seaviewエリア)、海からの距離はちょっと離れますが標高が低く、霧のかかり冷気が滞留する時間が長いためワインも一番エレガントになる南部と、地域差が結構あることもだんだん分かってきました。このあたりはもっと勉強が必要だと思っていますが。

このAVAはまだ誕生したばかりで、実際に「West Sonoma Coast」とラベルに記されているワインはほとんど存在していません。もしかするとWest Sonoma Coastに属してもマーケティングなどさまざまな理由でSonoma Coast表記を選ぶワイナリーもあるかもしれません。今回取り上げたワイナリーもWest Sonoma Coastのワインしか作っていないわけではありません。そういう意味ではまだ消費者にとってはわかりにくいところの多いAVAですが、まずはここで挙げたワイナリーや、以下のWest Sonoma Coastの団体に含まれるワイナリーのワインを、試してみるのがいいでしょう。どれも水準をはるかに超えたワインであること、それは保証していいと思います。