コングスガード「ザ・ジャッジ」 究極シャルドネの秘密に迫る
コングスガード(Kongsgaard)の創設者で共同オーナーであるジョン・コングスガードが初来日し、インタビューの機会をいただきました。1時間半にわたりいろいろ伺った(あっという間でした)のですが、その中から今回は、一番関心が高いと思われるシャルドネ「ザ・ジャッジ(The Judge、以下ではジャッジ)」についてまとめます。
ジャッジの最初のヴィンテージは2002年。そもそもジャッジの名前はジョンの父親が判事をやっていたことが由来ですが、その父が2001年になくなり、追悼の意味を込めて作ったワインでした。最初は樽2つだけで、法律学校の生徒さんに配ったといいます。それまではナパのシャルドネにブレンドされており、ジョンは単独のワインとして続けることは意図していなかったのですが、ロバート・パーカーが樽から試飲して「これを出さないとだめだ」と言ったことで、翌年以降も続けることになりました。
ただ、収量が少なく高価なものになってしまうため、最初はメーリング・リスト向けに「ジャッジ入りのものは100ドルプラス」という形を取ったとか。当時入手した人はラッキーでしたね。
現在の生産量は250ケースほど。今回の来日ではジャッジのマグナムを持参してきており2013年のマグナムのジャッジを試飲しましたが、マグナムは通常は販売せず、チャリティ・オークションへの出品などイベントでしか使っていないとのことです。シャルドネは酸とフレッシュさが大事で、熟成についてはあまり重視していないというジョンですが、「10年以上熟成させるならマグナムが一番」だとジョンは言います。本当に貴重なワインをいただきました。
その2013年のジャッジですが、白桃やはちみつのようなとろけるような香りと味わいに、熟成によるナッティな風味が加わります。穏やかな酸で極めて長いフィニッシュ。時間が経つとシャンパーニュのようなイーストの風味も加わります。また、ジョンによるとフィニッシュに塩味を感じるのもジャッジの特徴だとのこと。ただ、この塩味は低収量に関係しているとはいうものの、何によるものなのかはジョンにもわからないそうです。
さて、ジャッジの畑でなぜ、これほどまでに素晴らしいシャルドネができるのか。そこに大きく関係しているのが収量の低さです。コングスガードのナパヴァレー・シャルドネで使っているハイドやハドソンの畑が1エーカーあたり3トン程度あるのに対し、ジャッジの畑は1エーカーあたり1トンに行くかどうか。一般的に1エーカーあたり2トンを切ると極めて低収量と言われていますが、1トン以下というのはほとんど聞いたことがないレベルです。
この低収量はグリーン・ハーヴェストなど人為的に収穫量を減らしているわけではなく、自然によるものです。ジャッジの畑はクームズヴィルAVA内にあり、ちょっと小高くなった丘にあるようです(詳しい場所は明らかにしていません)。ヴァカ山脈系の火山性土壌が多いクームズヴィルで、ジャッジの畑も火山性土壌ですが、とにかく表土が薄くて岩ばかりなのと、その表土も、ちょっとピンク色がかった火山性の灰が中心で、窒素などの栄養分がほとんどありません。台木も樹勢が強くなるようなものを使っているのですが、それでも樹が育ちません。ジャッジの畑の一番古い樹は1975年に植樹したものですが、その樹でさえ、幹の太さが10㎝程度にしかなっていないそうです。
シャルドネのクローンは、いわゆるオールド・ウェンテ。ハドソンで使っているショット・ウェンテや、その他のオールド・ウェンテもあるようです。このクローンは非常にブドウの房が小さく、ブドウの実も小さくなるのが特徴。普通は4房程度で1ポンドの収穫になるのに、ジャッジの畑では10~15房も必要です。皮の比率が高いため、白ワインであるにもかかわらずタンニンを感じるとのこと。
写真でもその小ささがわかると思います。
コングスガードではシャルドネは24.5Brix程度で収穫しています。以前はもっと高い糖度にしていたそうですが、現在は抑え目になっています。発酵・熟成は小樽で行います。これも以前は100%新樽でしたが、今は70%程度になっています。
ジョンはNewton Vineyardsに在籍していた1980年代、毎年のようにブルゴーニュに行き、コシュ・デュリやドミニク・ラフォンなどの素晴らしい生産者の下でワイン造りを勉強してきました。コングスガードでは基本的に、そのときに学んだ伝統的なブルゴーニュの方式で醸造・熟成しています。例えば天然酵母での発酵や2年間の樽熟、フィルターなしでの瓶詰めといったことはすべてニュートン時代に始めており、コングスガードでも同じ方法にならっています。彼はUCデーヴィスでワイン造りを学んでいますが、そこでは基本的に「クリーンな」ワイン造りしか学ばないため、天然酵母はリスクが高いとして推奨されていませんでした。その時代においてジョンは先駆的な存在でした。
特に樽での熟成は常に空気に触れた状態になるため、ワインの変化も予想できないような形になります。例えば樽熟成の2年目くらいになると果実味はどこかに行ってしまい「水平線の向こうにワインを見る」ような状態になるといいます。それを乗り越えた先に素晴らしい結果が待っているのですが、現在のブルゴーニュでは熟成前酸化などのリスクを取る生産者はだんだん減ってきているとジョンはいいます。今では逆にブルゴーニュからコングスガードに勉強に来るそうです。
2年間の樽熟の後、ボトル詰めして半年間さらに熟成してから出荷します。
さて、ジャッジの畑の場所はジョンの母方の祖父が持っていた土地でした。祖父は石材業を営んでおり、サンフランシスコ周辺での護岸工事などに使われていました。
前述のように場所はクームズヴィルです。クームズヴィルはナパ市の東方、海からの距離が近いため冷涼ですが、カベルネ・ソーヴィニヨン系が有名です。例えばパルマッツやFAVIAなどがこの土地から素晴らしいカベルネ・ソーヴィニヨンなどを作っています。
この土地になぜ、シャルドネを植えたのでしょうか。
ボーリュー・ヴィンヤードのワインメーカーやコンサルタントとして1940年代から80年代までナパの数多くのワイナリーに影響を与えたアンドレ・チェリチェフが、この近くに住んでいました。ジョンの父とも仲良しでした。ジョンはUCデーヴィスの学生時代からここに畑を作りたいと考えていて、アンドレに助言を求めました。そうしたら「ここはシャルドネしかない」と言い切り、それでシャルドネを植えたのでした。
アンドレ・チェリチェフの慧眼にあらためて恐れ入った次第です。
後編の記事では他のワインやアトラスピークのワイナリー、交友関係などを取り上げる予定です。
ジャッジの最初のヴィンテージは2002年。そもそもジャッジの名前はジョンの父親が判事をやっていたことが由来ですが、その父が2001年になくなり、追悼の意味を込めて作ったワインでした。最初は樽2つだけで、法律学校の生徒さんに配ったといいます。それまではナパのシャルドネにブレンドされており、ジョンは単独のワインとして続けることは意図していなかったのですが、ロバート・パーカーが樽から試飲して「これを出さないとだめだ」と言ったことで、翌年以降も続けることになりました。
ただ、収量が少なく高価なものになってしまうため、最初はメーリング・リスト向けに「ジャッジ入りのものは100ドルプラス」という形を取ったとか。当時入手した人はラッキーでしたね。
現在の生産量は250ケースほど。今回の来日ではジャッジのマグナムを持参してきており2013年のマグナムのジャッジを試飲しましたが、マグナムは通常は販売せず、チャリティ・オークションへの出品などイベントでしか使っていないとのことです。シャルドネは酸とフレッシュさが大事で、熟成についてはあまり重視していないというジョンですが、「10年以上熟成させるならマグナムが一番」だとジョンは言います。本当に貴重なワインをいただきました。
その2013年のジャッジですが、白桃やはちみつのようなとろけるような香りと味わいに、熟成によるナッティな風味が加わります。穏やかな酸で極めて長いフィニッシュ。時間が経つとシャンパーニュのようなイーストの風味も加わります。また、ジョンによるとフィニッシュに塩味を感じるのもジャッジの特徴だとのこと。ただ、この塩味は低収量に関係しているとはいうものの、何によるものなのかはジョンにもわからないそうです。
さて、ジャッジの畑でなぜ、これほどまでに素晴らしいシャルドネができるのか。そこに大きく関係しているのが収量の低さです。コングスガードのナパヴァレー・シャルドネで使っているハイドやハドソンの畑が1エーカーあたり3トン程度あるのに対し、ジャッジの畑は1エーカーあたり1トンに行くかどうか。一般的に1エーカーあたり2トンを切ると極めて低収量と言われていますが、1トン以下というのはほとんど聞いたことがないレベルです。
この低収量はグリーン・ハーヴェストなど人為的に収穫量を減らしているわけではなく、自然によるものです。ジャッジの畑はクームズヴィルAVA内にあり、ちょっと小高くなった丘にあるようです(詳しい場所は明らかにしていません)。ヴァカ山脈系の火山性土壌が多いクームズヴィルで、ジャッジの畑も火山性土壌ですが、とにかく表土が薄くて岩ばかりなのと、その表土も、ちょっとピンク色がかった火山性の灰が中心で、窒素などの栄養分がほとんどありません。台木も樹勢が強くなるようなものを使っているのですが、それでも樹が育ちません。ジャッジの畑の一番古い樹は1975年に植樹したものですが、その樹でさえ、幹の太さが10㎝程度にしかなっていないそうです。
シャルドネのクローンは、いわゆるオールド・ウェンテ。ハドソンで使っているショット・ウェンテや、その他のオールド・ウェンテもあるようです。このクローンは非常にブドウの房が小さく、ブドウの実も小さくなるのが特徴。普通は4房程度で1ポンドの収穫になるのに、ジャッジの畑では10~15房も必要です。皮の比率が高いため、白ワインであるにもかかわらずタンニンを感じるとのこと。
写真でもその小ささがわかると思います。
コングスガードではシャルドネは24.5Brix程度で収穫しています。以前はもっと高い糖度にしていたそうですが、現在は抑え目になっています。発酵・熟成は小樽で行います。これも以前は100%新樽でしたが、今は70%程度になっています。
ジョンはNewton Vineyardsに在籍していた1980年代、毎年のようにブルゴーニュに行き、コシュ・デュリやドミニク・ラフォンなどの素晴らしい生産者の下でワイン造りを勉強してきました。コングスガードでは基本的に、そのときに学んだ伝統的なブルゴーニュの方式で醸造・熟成しています。例えば天然酵母での発酵や2年間の樽熟、フィルターなしでの瓶詰めといったことはすべてニュートン時代に始めており、コングスガードでも同じ方法にならっています。彼はUCデーヴィスでワイン造りを学んでいますが、そこでは基本的に「クリーンな」ワイン造りしか学ばないため、天然酵母はリスクが高いとして推奨されていませんでした。その時代においてジョンは先駆的な存在でした。
特に樽での熟成は常に空気に触れた状態になるため、ワインの変化も予想できないような形になります。例えば樽熟成の2年目くらいになると果実味はどこかに行ってしまい「水平線の向こうにワインを見る」ような状態になるといいます。それを乗り越えた先に素晴らしい結果が待っているのですが、現在のブルゴーニュでは熟成前酸化などのリスクを取る生産者はだんだん減ってきているとジョンはいいます。今では逆にブルゴーニュからコングスガードに勉強に来るそうです。
2年間の樽熟の後、ボトル詰めして半年間さらに熟成してから出荷します。
さて、ジャッジの畑の場所はジョンの母方の祖父が持っていた土地でした。祖父は石材業を営んでおり、サンフランシスコ周辺での護岸工事などに使われていました。
前述のように場所はクームズヴィルです。クームズヴィルはナパ市の東方、海からの距離が近いため冷涼ですが、カベルネ・ソーヴィニヨン系が有名です。例えばパルマッツやFAVIAなどがこの土地から素晴らしいカベルネ・ソーヴィニヨンなどを作っています。
この土地になぜ、シャルドネを植えたのでしょうか。
ボーリュー・ヴィンヤードのワインメーカーやコンサルタントとして1940年代から80年代までナパの数多くのワイナリーに影響を与えたアンドレ・チェリチェフが、この近くに住んでいました。ジョンの父とも仲良しでした。ジョンはUCデーヴィスの学生時代からここに畑を作りたいと考えていて、アンドレに助言を求めました。そうしたら「ここはシャルドネしかない」と言い切り、それでシャルドネを植えたのでした。
アンドレ・チェリチェフの慧眼にあらためて恐れ入った次第です。
後編の記事では他のワインやアトラスピークのワイナリー、交友関係などを取り上げる予定です。