ネゴシアン道を追求するパッツ&ホールの現在地
インポーターのファインズによるパッツ&ホール(Patz & Hall)のセミナーに参加しました。実は個人的には初めてメーリング・リストに登録してワインを買ったのがパッツ&ホールでした。送料などが上がってしまってやめてしまったのですが、これまで一番多く飲んだワイナリーの一つだと思います。
パッツ&ホールは1988年、ドナルド・パッツとジェームズ・ホール、そして二人のパートナーの4人によって設立されました。ドナルド・パッツとジェームズ・ホールがナパのフローラ・スプリングスのセールス・マネジャーとワインメーカーとして働いていたときに意気投合したのがきっかけだったといいます。創設者の4人の中でワインメーカーのジェームズ・ホールだけは現在もオーナー兼名誉ワインメーカーとしてワイン造りに携わっています。一時期はワシントンのシャトー・サン・ミシェル傘下に入りましたが、2024年にジェームズ・ホールが買い戻したことで話題になりました(パッツ&ホール、創設者が大手ワイナリーから買い戻して独立)。
パッツ&ホールは、契約した畑のブドウを使ってワインを造る「ネゴシアン」タイプのワイナリーです。パッツ&ホールができたころはキスラーなど、ネゴシアンタイプのワイナリーの勃興時期でした。その後も2000年代のピノ・ノワールブームで人気になったコスタ・ブラウンやローリング、ブリュワー・クリフトンなど、ピノ・ノワールやシャルドネに力を入れるワイナリーではこのタイプが主流でした。しかし、その後多くは自社畑を手に入れて、そちらを中心とする方向に舵を切っています。パッツ&ホールもカーネロスに自社畑を所有していますが、あくまでもメインは契約畑であり、ウェブサイトでも栽培家を大きく取り上げています。ワインの裏ラベルにも栽培家への賛辞が書かれています。

現在は22種類のキュベを作っており、うち10種ほどが日本に輸入されています。ただ、ハイド・ヴィンヤードのピノ・ノワールなど、リクエストしてもごく少量しか輸入できないものもあるそうです。ブドウ畑はソノマのロシアン・リバー・ヴァレーとカーネロスが大部分を占めます。このほか、メンドシーノのアルダー・スプリングス(Alder Springs)、サンタ・ルシア・ハイランズのピゾーニ(Pisoni)とソベラネスの畑のブドウも使っています。
ワイン造りはどの畑でもほぼ同じです。
シャルドネ
・全房でプレス
・樽発酵、樽熟成。酸化を防ぐために樽の上部まで果汁で満たす
・新樽率は25%程度
・フルMLF
・シュール・リーで熟成
・フィルターなしでボトル詰め
ピノ・ノワール
・フリーラン・ジュースのみ
・約10%全房、オープントップの発酵槽利用
・新樽率は50%程度
・果房管理ではパンチング・ダウンとポンプオーバーを組み合わせたパンチング・オーバーという手法を導入
といった形になります。
樽材は3年間天然乾燥させた木を使った特注品(フランソワ・フレールとセガン・モロー)を使っています。ワインのスタイルはクラシックと言っていいでしょう。近年増えている酸が高く、エレガントで果実味控えめなタイプではなく、樽も果実味も十分に利いたタイプのワイです。
試飲に移ります。この日はシャルドネ2種類とピノ・ノワール4種類でした。
・ダットン・ランチ(Dutton Ranch)、シャルドネ2021(1万円)
ダットン・ランチはダットン家が持っている畑の総称で、グリーン・ヴァレーなどロシアン・リバー・ヴァレーにいくつもの畑を抱えています。適度な保水力があり、やわらかく非常に痩せているゴールドリッジ土壌の畑を多く持っています。私が買っていたころは、ダットン・ランチはパッツ&ホールのシャルドネの中でも一番陽性で、若いときから楽しめるワインでした。ダットン・ランチを有名にしたのはキスラーで、今もダットン・ランチのワインを造っていますが、パッツ&ホールが使っているのはキスラーが以前使っていた区画だそうです。
豊かな酸に柑橘系のフレーバー。白桃のようなちょっとトロピカルな風味もあります。樽香はおだやかで、なめらかなテクスチャー。
・ハイド・ヴィンヤード(Hyde Vineyard) シャルドネ2018(1万3500円)
カーネロスのナパサイドにある銘醸畑。キスラーやコングスガード、レイミー、ポール・ラトーなどそうそうたるワイナリーがブドウの供給を受ける、まさにカリフォルニアのグラン・クリュと呼ぶべき畑です。シャルドネではHyde-Wenteと呼ばれるクローンとHyde-Caleraと呼ばれるクローンのブロックがありますが、パッツ&ホールではHyde-Wenteの区画を使っています。
ミネラル感やベイキング・スパイスなど複雑味を感じる味わい。オレンジピールやネクタリンなど豊かな果実味も魅力的。さすがハイドと呼ぶべき高品質なシャルドネです。
ピノ・ノワールに移ります。
・チェノウェース・ランチ(Chenoweth Ranch)ピノ・ノワール 2018(1万5500円)
ロシアン・リバー・ヴァレー(グリーン・ヴァレー)の畑で、ダットン・ランチで畑の管理を任されていたチャーリー・チェノウェース氏の畑です。ブドウのほとんどをパッツ&ホールに提供しています。パッツのピノ・ノワールの中では最も収穫が早く果実味豊かになると言われています。
ラズベリーにレッド・チェリー、ブラックベリーのような黒果実の味わいもあり、果実の凝縮度の高さを感じます。テクスチャにもややねっとりした粘性の高さがあります。甘草や紅茶の味わいも。
・ギャップス・クラウン(Gap's Crown)ピノ・ノワール 2019(1万4000円)
強風で知られるペタルマ・ギャップの畑で、畑のオーナーはキスラーやスリー・スティックスを擁するビル・プライス。一番収穫が遅く、強風で果皮が厚くブドウの粒が小さくなるため、かなり濃い味わいのワインになります。収穫もここが一番遅いとのこと。
赤果実というよりもブラックベリーやブラック・チェリーのような黒果実主体の果実味。パワフルでスパイシー、ストラクチャーもあるピノ・ノワール。畑の個性が見事に表現されていると思います。
・ハイド・ヴィンヤード ピノ・ノワール(1万4000円)
パッツ&ホールのピノ・ノワールの中では一番エレガントで、ジェームズ・ホールはこのワインをシャンボール・ミュジニーに例えるといいます。Hyde-Caleraクローンを使っています。
赤い果実に甘草や紅茶のニュアンス。ベイキング・スパイスの香りもあります。少しタンニンを感じますがテクスチャはなめらか。
・ピゾーニ・ヴィンヤード(Pisoni Vineyard)ピノ・ノワール 2018(2万円)
パッツ&ホールは1990年代半ばからピゾーニのブドウの供給を受けている、ピゾーニのワインを造るワイナリーの中では最古参。ラターシュから持ってきたと言われるブドウは非常に濃厚で力強い味わいになります。標高が高く、午後には強い風が吹く場所で、ブドウはフルボディでストラクチャーを持ったものになります。ここだけは新樽率70%と高く、全房も20%使っています。
以前、ドナルド・パッツさんとのワイン会でピゾーニとのなれそめを聞いたのですが、以下のようなことでした。
自分(ドナルド・パッツ)は知り合いのところでPisoniのブドウで作ったワインを飲ませてもらい,これはいいと思った。パートナーのJames Hallは知り合いから「いい畑がある」と聞いてそこがPisoniだった。互いに別のルートから名前を知って,「契約したらよさそうな畑があるんだ」と同時に言ったのがPisoniだった。
果実味よりも先にウーロン茶のようなフレーバーを感じます。スパイシーで複雑。ブラック・チェリーにブラックベリー、ラズベリーの果実味が見え隠れするピノ・ノワール。ピゾーニらしさもちゃんとあり、個性的で素晴らしいピノ・ノワールです。
6種類試飲して感じたのは、前述のように作りはほぼ共通であるのにワインの味わいは大きく異なること。まさにテロワールをちゃんと表現したワインになっていると言っていいでしょう。久しぶりに飲んだピゾーニはさすがの実力でしたし、ハイドのシャルドネとピノ・ノワールも見事なできでした。
ダットン・ランチは実売8000円程度で、キスラーのダットンが3万円近くするのと比べてコスパもかなり高いです。
なかなか手に入らないハイドのシャルドネ
パッツ&ホール専用畑と言っていいチェノウェース。
これは安いですね。ショップはマリアージュ・ド・ケイ
ピゾーニ1万5000円台も安いです。これもマリアージュ・ド・ケイ
パッツ&ホールは1988年、ドナルド・パッツとジェームズ・ホール、そして二人のパートナーの4人によって設立されました。ドナルド・パッツとジェームズ・ホールがナパのフローラ・スプリングスのセールス・マネジャーとワインメーカーとして働いていたときに意気投合したのがきっかけだったといいます。創設者の4人の中でワインメーカーのジェームズ・ホールだけは現在もオーナー兼名誉ワインメーカーとしてワイン造りに携わっています。一時期はワシントンのシャトー・サン・ミシェル傘下に入りましたが、2024年にジェームズ・ホールが買い戻したことで話題になりました(パッツ&ホール、創設者が大手ワイナリーから買い戻して独立)。
パッツ&ホールは、契約した畑のブドウを使ってワインを造る「ネゴシアン」タイプのワイナリーです。パッツ&ホールができたころはキスラーなど、ネゴシアンタイプのワイナリーの勃興時期でした。その後も2000年代のピノ・ノワールブームで人気になったコスタ・ブラウンやローリング、ブリュワー・クリフトンなど、ピノ・ノワールやシャルドネに力を入れるワイナリーではこのタイプが主流でした。しかし、その後多くは自社畑を手に入れて、そちらを中心とする方向に舵を切っています。パッツ&ホールもカーネロスに自社畑を所有していますが、あくまでもメインは契約畑であり、ウェブサイトでも栽培家を大きく取り上げています。ワインの裏ラベルにも栽培家への賛辞が書かれています。

現在は22種類のキュベを作っており、うち10種ほどが日本に輸入されています。ただ、ハイド・ヴィンヤードのピノ・ノワールなど、リクエストしてもごく少量しか輸入できないものもあるそうです。ブドウ畑はソノマのロシアン・リバー・ヴァレーとカーネロスが大部分を占めます。このほか、メンドシーノのアルダー・スプリングス(Alder Springs)、サンタ・ルシア・ハイランズのピゾーニ(Pisoni)とソベラネスの畑のブドウも使っています。
ワイン造りはどの畑でもほぼ同じです。
シャルドネ
・全房でプレス
・樽発酵、樽熟成。酸化を防ぐために樽の上部まで果汁で満たす
・新樽率は25%程度
・フルMLF
・シュール・リーで熟成
・フィルターなしでボトル詰め
ピノ・ノワール
・フリーラン・ジュースのみ
・約10%全房、オープントップの発酵槽利用
・新樽率は50%程度
・果房管理ではパンチング・ダウンとポンプオーバーを組み合わせたパンチング・オーバーという手法を導入
といった形になります。
樽材は3年間天然乾燥させた木を使った特注品(フランソワ・フレールとセガン・モロー)を使っています。ワインのスタイルはクラシックと言っていいでしょう。近年増えている酸が高く、エレガントで果実味控えめなタイプではなく、樽も果実味も十分に利いたタイプのワイです。
試飲に移ります。この日はシャルドネ2種類とピノ・ノワール4種類でした。
・ダットン・ランチ(Dutton Ranch)、シャルドネ2021(1万円)
ダットン・ランチはダットン家が持っている畑の総称で、グリーン・ヴァレーなどロシアン・リバー・ヴァレーにいくつもの畑を抱えています。適度な保水力があり、やわらかく非常に痩せているゴールドリッジ土壌の畑を多く持っています。私が買っていたころは、ダットン・ランチはパッツ&ホールのシャルドネの中でも一番陽性で、若いときから楽しめるワインでした。ダットン・ランチを有名にしたのはキスラーで、今もダットン・ランチのワインを造っていますが、パッツ&ホールが使っているのはキスラーが以前使っていた区画だそうです。
豊かな酸に柑橘系のフレーバー。白桃のようなちょっとトロピカルな風味もあります。樽香はおだやかで、なめらかなテクスチャー。
・ハイド・ヴィンヤード(Hyde Vineyard) シャルドネ2018(1万3500円)
カーネロスのナパサイドにある銘醸畑。キスラーやコングスガード、レイミー、ポール・ラトーなどそうそうたるワイナリーがブドウの供給を受ける、まさにカリフォルニアのグラン・クリュと呼ぶべき畑です。シャルドネではHyde-Wenteと呼ばれるクローンとHyde-Caleraと呼ばれるクローンのブロックがありますが、パッツ&ホールではHyde-Wenteの区画を使っています。
ミネラル感やベイキング・スパイスなど複雑味を感じる味わい。オレンジピールやネクタリンなど豊かな果実味も魅力的。さすがハイドと呼ぶべき高品質なシャルドネです。
ピノ・ノワールに移ります。
・チェノウェース・ランチ(Chenoweth Ranch)ピノ・ノワール 2018(1万5500円)
ロシアン・リバー・ヴァレー(グリーン・ヴァレー)の畑で、ダットン・ランチで畑の管理を任されていたチャーリー・チェノウェース氏の畑です。ブドウのほとんどをパッツ&ホールに提供しています。パッツのピノ・ノワールの中では最も収穫が早く果実味豊かになると言われています。
ラズベリーにレッド・チェリー、ブラックベリーのような黒果実の味わいもあり、果実の凝縮度の高さを感じます。テクスチャにもややねっとりした粘性の高さがあります。甘草や紅茶の味わいも。
・ギャップス・クラウン(Gap's Crown)ピノ・ノワール 2019(1万4000円)
強風で知られるペタルマ・ギャップの畑で、畑のオーナーはキスラーやスリー・スティックスを擁するビル・プライス。一番収穫が遅く、強風で果皮が厚くブドウの粒が小さくなるため、かなり濃い味わいのワインになります。収穫もここが一番遅いとのこと。
赤果実というよりもブラックベリーやブラック・チェリーのような黒果実主体の果実味。パワフルでスパイシー、ストラクチャーもあるピノ・ノワール。畑の個性が見事に表現されていると思います。
・ハイド・ヴィンヤード ピノ・ノワール(1万4000円)
パッツ&ホールのピノ・ノワールの中では一番エレガントで、ジェームズ・ホールはこのワインをシャンボール・ミュジニーに例えるといいます。Hyde-Caleraクローンを使っています。
赤い果実に甘草や紅茶のニュアンス。ベイキング・スパイスの香りもあります。少しタンニンを感じますがテクスチャはなめらか。
・ピゾーニ・ヴィンヤード(Pisoni Vineyard)ピノ・ノワール 2018(2万円)
パッツ&ホールは1990年代半ばからピゾーニのブドウの供給を受けている、ピゾーニのワインを造るワイナリーの中では最古参。ラターシュから持ってきたと言われるブドウは非常に濃厚で力強い味わいになります。標高が高く、午後には強い風が吹く場所で、ブドウはフルボディでストラクチャーを持ったものになります。ここだけは新樽率70%と高く、全房も20%使っています。
以前、ドナルド・パッツさんとのワイン会でピゾーニとのなれそめを聞いたのですが、以下のようなことでした。
自分(ドナルド・パッツ)は知り合いのところでPisoniのブドウで作ったワインを飲ませてもらい,これはいいと思った。パートナーのJames Hallは知り合いから「いい畑がある」と聞いてそこがPisoniだった。互いに別のルートから名前を知って,「契約したらよさそうな畑があるんだ」と同時に言ったのがPisoniだった。
果実味よりも先にウーロン茶のようなフレーバーを感じます。スパイシーで複雑。ブラック・チェリーにブラックベリー、ラズベリーの果実味が見え隠れするピノ・ノワール。ピゾーニらしさもちゃんとあり、個性的で素晴らしいピノ・ノワールです。
6種類試飲して感じたのは、前述のように作りはほぼ共通であるのにワインの味わいは大きく異なること。まさにテロワールをちゃんと表現したワインになっていると言っていいでしょう。久しぶりに飲んだピゾーニはさすがの実力でしたし、ハイドのシャルドネとピノ・ノワールも見事なできでした。